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競泳・女子平泳ぎの日本代表選手として3度のオリンピック出場を果たし、現在は解説者、タレントとして活躍中の田中雅美さん。トップアスリートとしての豊富な経験と、真摯で裏表のない人柄が人気を呼び、講演会やトークショーにも引っ張りだこだ。
「選手を引退して最初にしたかったのは、現役時代にはできなかったダイエットとオシャレだったんです」と笑う田中さん。実際に、引退後には13キロの減量に成功しており、今もスレンダーな体型を維持している。取材時、女性スタッフからは感嘆の声が漏れたが、田中さんが語ってくれた「方法論」は、ダイエットのみならず、自分を磨き、成長させることにも通じる、マインドの持ち方だった。
田中さんが競技生活を通じて学び、今も大切にしている思いとは。そして、講演会で多くの人に伝えたいこととは――オリンピックの舞台裏から、東日本大震災の復興に向けた取り組みまで、じっくりお話を伺った。
(text:橋川良寛、photo:今井美奈)
―まずは、水泳選手としてのキャリアをあらためて振り返っていただきたいと思います。田中さんは中学卒業と同時に、北海道から上京。1996年、高校3年生で早くもアトランタオリンピックに出場しています。プレッシャーはありませんでしたか?田中 ラッキーなことに、日本代表には同世代の選手が多かったので、一人でプレッシャーを抱え込むようなことはありませんでした。日本記録を持っているのが普通……という環境だったので、オリンピックに出ることがスゴいのではなくて、メダルを取らなきゃ意味がない!って思っていたんです。
でも、実際にオリンピックの舞台に立ってみて、本当に多くの人がかかわっている、素晴らしい大会なんだということが分かってきて。その分、4年後のシドニーオリンピックは苦しかったですね。
田中 そうですね。本当に苦しくて、自分の思うような結果を出すこともできませんでした。けれど、女子400mリレーで、仲間と一緒に銅メダルを獲ることができたんです。あらためて、人の支えがあって、初めて大きな舞台に立つことができているということや、仲間の大切さを実感しました。水泳選手としてだけではなく、人間として大きく成長できた大会だったと思います。
―2004年のアテネオリンピックの前には、一度現役を退いた時期もありました。見事にカムバックを果たし、結果として現役生活最後の大会となりましたが、どんな思いで臨みましたか?田中 大会の前、アメリカに留学したときに、コーチから「レースが終わった瞬間に、タイムを見るのでなくて、自分の心を見るんだ」と言われたんです。その言葉で、考え方が大きく変わりました。
私はタイムばかりを追いかけていたけれど、そのときの自分の力を100%発揮することが大事なんだ、ということに気づくことができて。辛い時期も支えてくれた人たちの気持ちに応えるためにも、それが一番大切なんですよね。結果としては200m平泳ぎで4位。メダルに届かなかったことはやっぱり悔しかったけれど、心残りはなくて、全身に鳥肌が立つくらい、本当に幸せな気分でした。
田中 人は一人では生きられない、ということです。オリンピックに出るために、いったいどれだけの人が協力してくださったか。それに、シドニーオリンピックの個人レースで負けて、水泳が大嫌いになりそうだったときに、仲間が「4人だったらメダルを取れるよ!」と励ましてくれたのも大きかったです。もし一人だったら、競技を続けることはできなかったでしょうね。
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