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大竹七未 講演会講師インタビュー

全日本選手権4連覇、日本女子リーグ3連覇など、フォワードとして独特のリズムと高速ドリブルを武器に数々のタイトル獲得に貢献し、Lリーグ(現:なでしこリーグ)では100得点第一号を記録する。
また、日本代表のエースとしても、オリンピック、ワールドカップ予選など国際Aマッチに通算46試合出場、30得点という成績を残す。 1995年スウェーデンで行われたW杯ではベスト8入り、1996年アトランタオリンピック出場、そして1999年アメリカW杯では、日本代表で唯一のゴールを挙げるなど女子サッカー界のスターストライカーとして活躍。

2001年に現役引退し、その後はサッカー解説やスポーツ番組などに出演。近年はバラエティー番組などにも出演。活躍の幅を広げる。
現在は監督も経験し、選手と指導者の双方の視点から講演を行う大竹七未氏に、講演への思いをうかがった。

(text:伊藤秋廣、photo:小野綾子)

辛かった下積み時代を乗り越えて

──はじめに、どのような団体から、講演依頼を受けていますか?

 

大竹 これまで多くの企業の経営者の方々に向けて講演をさせていただきました。テーマは私が選手と監督の両方の立場を経験していることもあって、社員の方々にモチベーションを維持していただく方法であったり、チームを作るうえで大切にしていることだったりをベースにお話をさせていただいています。
チーム競技と会社経営でもっとも大切な人材マネジメントは、社員をまとめて成績を出していくという意味でリンクする部分があると、皆さんおっしゃいます。

 

特に女子サッカーは、注目を浴びない、日の目を見ない時代が長く続きましたが、本当に苦労を重ねて、ワールドカップで優勝をしたり、オリンピックでメダルを取ったり、という素晴らしい結果を残すことが出来るようになりました。そういった女子サッカーの歴史についてお話すると、逆境を乗り越えていけば、いつかは必ず成果をあげることができると、皆さんに勇気を持っていただけるようです。

 

また、新入社員の方々に講演することもありますね。 “自分がこういう仕事に就きたい”と思って入社を果たしたものの、実際には自分が本当にやりたいと思っている業務にたどり着くまでにはどうしても時間がかかるものです。それはサッカー選手も同様で、ピッチに立つためには、激しい競争にさらされます。

 

地道に練習して頑張っても、怪我をしたり、スランプに陥ったり、それでもあらゆる困難を乗り越えて、なんとかしてようやくピッチにたどり着くことができます。ところが、そこで終わりではないんです。その先、ずっと結果を出し続けなくてはいけません。そんな経験を交えながら、いわゆる“下積み期間”の過ごし方や、困難を乗り越えるためのマインドセットについてお話をする機会もあります。

 

──講演ではどのようなことを心がけていますか?

 

大竹 もっと女子サッカーのことを知ってもらいたい、そんな一心でお話をさせていただいております。なでしこジャパンがワールドカップで優勝し、オリンピックでメダルを獲得した時には多くのメディアが取り上げてくださって、女子サッカーの存在が一気に一般の方にも知れ渡っていきました。
ところがもっと以前から、女子サッカーの歴史は続いていて、日本の景気がバブルに沸いていたときには多くの企業がスポンサーとして名乗りをあげ、日本の女子サッカーが世界最高峰のリーグといわれていた時代もあったことは、あまり知られていないのです。

 

逆にその人気が落ち目になって、経費削減の一環で企業の撤退が続き、遠征時にも選手自らお米を持参しなくてはならないくらいの辛い時代が続いたというような、裏話をお話しさせていただいています。

 

私の講演を通じて女子サッカーを知っていただくことで、そんな大変な環境で頑張っているのだから、女子サッカー・なでしこジャパンを応援したいとか、スポンサーになりたいとお声がけしていただけるのが何よりもうれしいですね。私が女子サッカーに少しでも恩返しが出来たら、という気持ちでいます。

 

──スポンサーがつかないアマチュアスポーツの世界では、いろいろなご苦労がありそうですよね。

 

大竹七未

大竹 スポーツって極端に言ってしまえば、結果次第なんですよ。日本代表としてアトランタオリンピックへの出場が決まったときにはとても盛り上がったのですが、結果を出せなかったら、あっという間に、何事もなかったかのように静まり返ってしまいました。それってスポーツだけでなく、どんな競技においても、どんな社会においても同じこと。過程は見てもらえずに、結果を出さなければいけない世の中なのかなと思います。
プロスポーツにも増して、アマチュアスポーツは結果を出さないと収入がゼロになる可能性があるので、人生をかけて取り組んでいるんですよね。私もそうでしたが、それぞれの競技の環境を良くするために頑張っている部分はあって、だから私たちは、女子サッカー界を背負って戦うという意識をもって臨んでいました。

 

──自分の価値を高めるためでなく、“女子サッカー界を何とかしたい”と思って臨んでいたのですね。

 

大竹 そうです。男子の場合は女子サッカーに比べて環境は整っていると言えますから、自分が結果を出すことを最優先します。それが自分の価値向上につながりますからね。当時の女子サッカーの選手の場合は、自分が結果を出すというより、女子サッカーのために結果を出すという意識が働いていましたね。自分が頑張って、女子サッカーが評価されれば、選手たちの環境が変わると考えていました。

もちろん中には自分だけが活躍すればよいと思っている選手もいたかもしれませんが、私が育ったクラブチームには、自分一人が間違った行動をしてしまったらチームの看板に傷がつくという教えがありました。だから自然と、自分だけが活躍するというより、チームで協力して皆で活躍して結果を出すことで、女子サッカーの環境が変えられるという思考回路になっていたのだと思います。

サッカーに全てを捧げていた学生時代・選手時代

大竹七未

──チーム全体としてモチベーション維持するのは非常に難しそうですね。

 

大竹 おっしゃるとおり、チームの難しいところって、選手によってその頑張り方に差があるんですよね。でもチーム全体として同じ絵が描けないと、苦しい時をしのぐことのできる集団にはなれません。良いときはいいんです。苦しいときを乗り越えることができるチームだけが結果が出せると思うんです。そのためには、監督と選手がお互いに話し合う作業が必要で、本音でどう思っているか、意見をぶつけ合える集団になる必要があります。

本音をいえず陰で文句・愚痴をいう選手がいたらチームはバラバラになります。チームが一丸になったとき、自分が持っている力以上の力が出せる。そのプラス1を出すことができるチームを作るのは、監督だけでなく、選手の間でも気持ちを合わせる作業が必要になるんです。

 

──何でも言い合える環境づくりも、また難しそうですね…。

 

大竹 日本代表となると、それぞれのチームのエース級の選手が集まっているので、それぞれの我が強くて、チームとしてまとめるのは大変だったと思います。ただ、勝つことや、上手になりたいという、“共通意識”でまとめることは可能です。私が監督をしていた大学のチームは決してエリートが集まっているわけでなく、レベルもバラバラでしたから、“共通意識”をひとつにするのに苦労しました。

ただ代表チームにも大学にも共通して言えるのは、それぞれの選手の性格が違うので、それを見極めたうえで声をかけることが重要だということ。タイミングもそうですし、内容や言葉選び、伝え方にも配慮します。指導者は戦術やサッカーを教えるのもそうですが、選手の心理をどのように扱うかを考えるのが一番大切な仕事だと思います。

 

──当時行っていた、大竹流のチームマネジメント術を教えてください。

 

大竹七未

大竹 私が得意なのは、性格を見極めることです。私自身が双子だったからなのか、顔の表情から何を考えているか、どう感じているのかを読み取るのが不思議と得意なんですよね。私の話が心に響いているかどうかを敏感に感じ取ることができます。今、これを言っていいタイミング?一日待ったほうがいい?とか、ひとり一人の性格に合わせて話をするよう心がけていました。

あとはどんな選手でも絶対に見捨てないことです。“なんでそこまでやる?”“何度言っても変わらないよ”と他のコーチから言われることもありますが、絶対に見捨てないで根気強く、こっちが何回泣いても、選手が何回泣いても納得するまで向き合うということを一番大切にしています。

 

──大竹さんは繊細な一面をお持ちだとお見受けしますが、女子サッカーを取り巻く環境が大きく動く時期には色々なジレンマもあったのではないでしょうか。なかなか結果が出ないときに、どのようにモチベーションを維持してきましたか?

 

大竹 まずは、TV番組をきっかけに知った読売ベレーザ(現・日テレベレーザ)への入団を目標において練習を重ねてきました。その目標をクリアしたら、今度は日本女子代表になりたいという夢ができて、自分がこのチームでレギュラーを獲得して、チームで優勝するために頑張りました。常に大きな目標があるので、“どんなに苦しくても、自分が日本代表になったら、世界が変わるのだ”というイメージをずっと持ち続けて頑張りました。

 

私は、昔から常にサッカーのことしか頭になかったんですよね。高校を卒業するタイミングで、先生からは「女子サッカーをやっていても将来何もならないから」と大学進学を勧められていたのですが、私はもうすでにサッカーに人生をかけてきたので、先生が言っている意味が理解できなかったのです。サッカーで生きていくという頭しかなかったので。

 

その考えは小学生の時に、読売ベレーザに入団した瞬間から始まっていました。周りに日本代表選手たちがいて、松木安太郎さんや武田修宏さんといった有名選手にお会いして技術にも触れてきましたし、読売ベレーザに入って、自分の世界が大きく変わり、“ここからすごいことになっていく”スタート地点に立てたみたいな、そういう感覚だったんですよね。
しかも、ちょうど、日本はバブル時代を迎えていて、多くの企業が女子サッカーチームのスポンサーになっていきました。読売ベレーザはクラブチームなのでスポンサーがつきましたし、他にどんどん企業チームが生まれて増えていったという、そんな時代がありました。

 

さらにアトランタではじめて女子サッカーがオリンピック種目になって、“このオリンピックに出場したら、日本の女子サッカーの未来が変わるんだ”という話になりました。高校の先生は“未来はない”といっていたけれど、そんなことはない、時代が大きく変わっていくのだと…。とにかくワクワクしながら、全てを賭けてサッカーに没頭していました。
その時代を知っている澤選手や宮間選手もやっぱり、同じような感覚を持っていて、そういった選手が多く在籍していた時代のなでしこはチーム一丸となって優勝できました。その当時のメンバーがいなくなってしまったことが、惜しくもオリンピック出場を逃したことの一因になったと思っています。

 

──技術力だけではなく、勝ち抜くためにはやっぱり不屈の精神力が必要なんですね。

 

大竹七未

大竹 サッカーが上手いというのは当たり前のことで、そこにプラスして、どれだけ本気で戦えるかが大切。さらに、その思いをチーム全員で共有しなくてはなりません。私たちの時代にはそう思える選手と、そうでない選手との温度差がありました。

だけど、澤選手が作ってきたチームは、本当に気持ちが一つにしっかりまとまっていて、戦える集団になった素晴らしいチームでした。今は、私たちの時代と同じようにチームの中に温度差が生じているのかもしれません。そのあたりが解消できれば、また強いチームに戻ると信じています。

引退後、そしてこれから

──人生のすべてを賭けてサッカーに取り組んできた大竹さんが引退を決意したきっかけは何だったのですか?

 

大竹 双子の妹が身体を壊してしまったため、サッカーを離れて看病していた時期がありました。どうしても私がそうしたいと、強く思ったんですね。サッカーから離れて、はじめて色々なことを考えました。 双子の妹は高校卒業と同時にサッカーを辞めて、英語専門学校を経て普通の社会人として働いていました。妹はひとりの女性として充実した生活を送っている。でも26歳になっていた自分は…サッカーをやめたら何が残るんだろう?と、今までサッカーのことしか考えていなかったのに、生まれて初めて、自分の女性としての生き方について考えました。

 

そして、妹を看病しながら、人生において何が一番大事なんだろう?と考えたのです。その結果、それは“家族”だという答えに辿りつきました。結婚して、子どもを産んで、幸せな家庭を作りたい、家族を持ちたいと考えたとき、急にサッカーに対する思いがプツンと切れてしまったんです。

 

 

──そのときは、ご自身のセカンドライフについて、どのようにお考えになられていたのですか?

 

大竹  女子サッカーをどうにかしたい、世間に認めてもらいたいという気持ちは強く残っていたので、選手としてではなく、関わり方を変えようと思いました。子育てに全力投球中の今の私にできることといえば、女子サッカーの普及活動しかありません。サッカー教室を開催すること、解説者として選手の魅力を伝えていくことが、自分の役割だと感じています。 講演も本当に良い機会ですね。皆さんに少しでも女子サッカーに興味を持っていただいて、彼女たちのスポンサーになっていただける企業様が現れるとうれしいですね。

 

選手は頑張って練習をして結果を出して、周囲の私たちはそういった草の根活動を続けていかなくてはなりません。地道にコツコツとやっていかなければ、文化として定着せず、単なるブームで終わってしまうのです。

 

──女性の社会進出も、同様になかなか日本の社会に文化として定着していないように思えますが、大竹さんはどのように感じていますか?

 

大竹七未

大竹  私は育児も仕事も100%全力で臨むことしかできないタイプなので、あくまで私の考えで、語弊があるかもしれませんが、女性として生まれてきた宿命を受け入れ、どこか折り合いをつけなければいけないと思います。 日本に充実した環境がない以上、子育てをしながらでも努力を続けて、子どもの手が離れたときにもう一度社会復帰して、自分がやりたいことができるように逆算して準備をしないと難しいと日々感じています。

 

私は、今は子育てに集中し、愛情を与えて良い子を育てていくことで社会に還元したいと考えています。 この子たちが社会を作っていくと考えたら、仕事だけでなく子育ても立派な社会貢献だと思うんですよね。社会から取り残されたと思えば沈んだ気分になりますが、気持ちひとつ切り替えれば焦りもなくなると思います。

 

 

──サッカーはサッカー界、子育ては社会に対して貢献したいと、常に大きな視野を持って目の前のことに集中するタイプの方なんですね。 最後に、印象に残っているコーチや先生からの言葉があったら教えてください。講演を開催される方々へのメッセージもお願いします。

 

大竹  ひとつは「自分がやりたいサッカーをしたいと思ったら実力をつけろ」という言葉です。私が中学生の時に恩師からいただきました。同じチームの中に日本代表選手とそうでない選手がいるとします。意見の食い違いが出たときに、どちらの意見が通るかといったら、当然、日本代表選手のほうなんですね。その言葉を聞いて、絶対に“トップになってやる”と思いながら、当時は無我夢中でやっていましたね。

 

もうひとつ、「コンディションにムラがある選手は、試合に投入しづらい。常に一調子が安定していて、波のない選手でいたほうがいい」という教えです。これは選手時代にも気をつけてきましたし、監督になってからも痛感した言葉ですね。これは恐らく、スポーツだけでなく、あらゆる企業のマネジメントにおいて共通する考え方だと思います。

 

講演会においても、今までの経験から皆さんにお話できれば幸いです。スポーツでもビジネスでも、結果が出ないときにもがいたり苦しんだり・・・、でも突破口は必ずあります。努力し続けてきたことがいつか実を結びますので、カッコ悪いとか無駄だとか言われても、その努力は必ず自分のため、チーム・組織のためになります。日の目を見ない時の、なでしこジャパンを経験した私だからこそお伝えできることだと思いますので、講演で共感していただけたら嬉しいですね。

 

 

大竹七未

 

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