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早川諒 講演会講師インタビュー

セブ島で"0円留学"などを手掛ける海外起業家・早川諒氏。
なぜセブ島でビジネスを行っているのか?プロフィールにある「中卒社長」とは?
話をしていても、とてもクレバーで気持ちのいい青年だ。
いま日本企業が直面するダイバーシティ、外国人を雇用しビジネスを成功させる極意、SDGsなど、いま大注目の講演家に話を聞いた。

(text:伊藤秋廣、photo:小野綾子)

留学の課題を解決しようとして生まれた”0円留学"

 

――ご自身が手掛けられてる「0円留学」という事業について教えてください。

 

早川諒 フィリピンのセブ島で英語留学の学校を経営するかたわら、学校の隣地でコールセンターを運営しています。留学生は一日の半分で英語の授業を受け、残りの半分はコールセンターで仕事をしていただくことで学費と宿泊費を免除し、実質「学費・宿泊費0円」で留学できるという仕組みとなっています。

 

現地在住の教師から英語レッスンが受けられる学校自体は世界中にありますが、そもそもお金がなければ学ぶことはできません。

私自身も10代の頃、経済的な理由から留学をあきらめた人間のひとり。例えば英語留学の定番のイギリスに留学するには最低でも数百万円の費用が必要です。

グローバル化が加速する中、日本の若者がこの先、海外で英語を学ぶことがメジャーになるだろうと確信。その際にハードルとなる経済的課題を解決しようと考え、そしてはじめたのが、この「0円留学」という事業です。

 

実は、セブを訪れる直前まで、私は日本の大手企業のコールセンターの運営会社に勤務していました。セブで「0円留学」を事業としてはじめたいと直感的に思ったときに、これまで経験してきたコールセンターという仕事と結び着きました。現地で仕事をする機会を提供したいと考えたときに、日本語で仕事ができますし、未経験者でも仕事につくことができるコールセンターが最適だろうと考えました。

 

 

――どうしてセブ島を選んだのでしょうか。

 

早川諒 30歳になったら何か大きなことにチャレンジしたいと思っていました。とはいえ、特に具体的なプランがあったわけでもなく、“とりあえず海外に行って考えてみよう”と思っていた程度だったんです。アジアを数か国かまわって、最後にたどり着いたのがこのセブでした。日本からの渡航距離も近く、リゾート地としても魅力的なこの場所における英語留学に大きな可能性を感じました。

 

 

――セブ島でゼロからのスタート。事業を作っていくには様々なご苦労があったのではないでしょうか。まずは何からはじめられたのですか。

 

早川諒早川諒

『PDCAサイクル』という言葉がありますが、私はこれを『DCAP』と組みなおして考えています。計画に時間をかけるよりも、まず何かしらのD=行動を起こすことから総ては始まります。その行動を分析し、改善し、動き続けて行く事で、研ぎ澄まされたアイディア、最高のPがあとから生まれて来ます。

20代の頃は、この『PDCA』の順番にとらわれ、起業に対しても、最初のP=計画を作る時点で、「もっと良いプランを作らなければ」とか「画期的なアイディアがまだ浮かばないからはじめられない」とつまづいてばかりでした。この考えを変えて、計画は未熟でもまずは動き出そうと決意できたことが大きかったです。

 

30歳になってセブで事業を始めようと決めたものの、セブでの知り合いも、お客様も、コールセンターのクライアントも何もないところからのスタートでした。会社の設立の仕方や人の採用の仕方も、セブでは何もわかりません。

 

そこで、まずは当時のFacebookの友達たちに片っ端から「誰かセブに知り合いいない?」とメッセージを送りまくって、その中の一人がたまたま2年前にセブ旅行した際に知り合ったフィリピン人なら紹介できると聞きます。そういう、何の可能性があるかもわからない人にも会えるチャンスがあれば全員に会いに行き話をしました。すると、そうしたセブでの色々な出逢いの中でその後僕の会社の立上げ幹部となるメンバーたちと知り合います。

 

彼らに協力してもらいながら、人材募集のやり方や雇用契約も巻き方など一つ一つ勉強して仲間を増やして行きました。

 

コールセンターに関しては、日本のクライアント企業から業務を委託して頂く必要がありますが、僕はセブ島にいたので、実際に日本企業に訪問して営業することはできません。そこで、まずは今までお世話になった方々や、前職での繋がりの方々に、起業の挨拶メールを送ります。それは、ただの事務的なメールではなく、一通一通ラブレターを書くつもりで、今までの感謝の想いや独立後のヴィジョンなど、心を込めて書き上げました。するとそのラブレターを読んで下さった方々から、応援するよ、というメッセージを多く頂き、仕事の案件を振って頂いたり人を紹介したり多くの協力をして頂きました。前職の上司を初め、色々な方から助けていただきながら、この事業をスタートすることができたと実感しています。

 

 

グローバル企業として、外国人を雇用する極意とは

 

――他にオーストラリアや日本でも会社を経営されています。グローバルに会社を経営する苦労と醍醐味について教えてください。

 

 

早川諒 英語教師として雇用しているフィリピンの方たちは、考え方も文化もまったく違います。彼らはそもそも会社に対する帰属意識があまりないんですね。残業はしたくないし、叱られたらやる気をなくして辞めてしまう、そんな特性を持っています。マネジメントが難しいのですが、よくよく考えると、それって今の日本の20代の若者の特性と共通しているではないかと思うんです。

 

最初は「社員だから、こうあるべき」という話をたくさんしてきましたが、多くの反発が生まれたり無反応に悩まされました。そこで、今度は、こちらが必要以上に気を配り、まるでずっと飴をあげているような状態にしたら、ますます事態は悪化したんです。最終的には相手の気持ちに共感しながらも、ちゃんと叱るようにしました。つまり、こういうことをしたら叱られると明文化して掲示したんです。そこからマネジメントが好転し始めました。要するに彼らには言葉を大切にする文化があるので、自分の気持ちをちゃんと言語化して相手に伝える必要があったのです。

 

私自身、そういった言語化がまったくできていなかったのですが、彼らの文化に気づいてからは、現地の人だけでなく、日本人のスタッフにも同様に自分の気持ちを言葉にしていくよう心がけました。そこからマネジメントが変わったような気がします。オーストラリアでは有料で留学サポートを提供していますが、現地スタッフはさらにスーパードライ。フィリピンの方以上に残業はしません。どちらかというと期限や時間をきちんと決めてパフォーマンスをあげようとする傾向があります。

 

グローバルのマネジメントでは、会社としての全体方針とローカライズされた方針の両方をバランスよく策定し共有することが重要です。全世界共通でここだけは絶対に譲ることができないというポイントを明確にして伝え、残りの空白部分を一緒に作り上げていこうというメッセージを伝えています。当初はフィリピンの方から「日本の文化を押し付けないでほしい」といわれました。その時、確かにと納得する反面で、彼らの話だけを聞いていてもうまくいかないとも感じたので、世界共通で大切なことを伝えるようにしました。

 

これは私たちが「世界で通用する会社にしたい」「世界のどこでも通用する文化をつくるうえで必要なことだ」と伝えました。そのバランスが良くなった瞬間から私に対する信頼が集まって、社内全体で頑張ろうという機運が高まったような気がします。ピンチの後には、そのトラブルを必ずチャンスに変えて次につなげる、そんな習性が私にはあるのかもしれません。

 

 

 

 

肌で感じるSDGsを講演で伝えたい

 

 

――早川さんはプロフィールに「中卒社長」と書いていますね。どのような経歴の持ち主なのか非常に興味が湧きます。

 

 

早川諒 高校に行くのが当たり前という社会的風潮に反発したんですね。高校では何も学びたいことがない代わりに、当時熱中していた音楽の道に進むべく、アルバイトをしながら演奏活動を続けていました。いずれは海外で音楽の勉強をしたいと思っていましたが、アルバイトで稼いだお金だけで賄えるわけがなく、結局、音楽活動もフェイドアウトしていったという苦い思い出があります。

 

22歳の時に前職の会社に入って、決してやりたい仕事ではない仕事に就いてお金を稼ぐしか手段はありませんでした。でも、ひとつ胸を張って言えるのが、「当時の自分の一連の選択に間違いはなかった」ということです。海外で音楽の勉強ができなかった悔しさも、コールセンターの経験やそこで培った人脈も、すべてセブ島の「0円留学」という事業につながっていく。どれひとつとっても不可欠な要素になっています。

 

 

――最近は「SDGs」をテーマとして講演依頼も増えているようですね。

 

 

早川諒 私自身が海外の、いわゆる途上国で生活していて、SDGsの目標として挙げられている「質の高い教育」や「貧困」に対する問題を肌で感じ、それが大切なことだと実感する機会が多くありました。それは日本に住んでいる方よりもはるかに多い。そんな自分だからこそ、フィリピンの貧困層で教育が受けられない方に対してできることがあるのではないかと思いながら現地で活動しています。

 

例えば現地で”0円の日本語学校”を運営、教育の場を提供して貧困からの脱却、未来の可能性を切り拓く力をつけていただく支援をしています。さらに最近では、豊かな日本に住み、実感が持てない方に対してもSDGsの重要性を伝えられるのではないかと思うようになりました。あれこれ考えるのではなく、やはり何か小さなことでも良いので、SDGsに貢献できる取り組みをはじめてしまうのが大事。例えばコンビニでプラスチック袋をもらわない”“なるべくマイバックを持参するなど一つひとつの行動がSDGsにつながっているという「実感」を持つことが重要です。とはいえ、感情や思いは後から湧いてくるものなので、これもPDCAではなくDCAP、Doから始めるのが重要だと考えています。

 

 

――講演で心がけていることがあったら教えてください。

 

 

早川 講演は聴講者の皆さんと一緒に空間を作り上げていくものと考えています。ですから、聴いてくださっている方々の反応やその場の空気に合わせてお話をしています。私自身が人の話を長く聞けないこともあって、ひとつのストーリーの中で序章、第一章、クライマックスのような構成を意識し、誰にもわかりやすいように、その段階を示しながらお話をするよう心がけています。

 

 

 

 

 

 

 

――将来のビジョンを教えてください。

 

早川諒 現在は3か国で事業を展開していますが、まずはそれを10か国まで拡大。もっと色々な国と国をつなげていけるような役割を担っていきたいと思います。そのためには、今目の前にあるできることを着実に積み上げていくしかありません。挑戦したい気持ちはどんどんわいてくるのでまずは行動。大きなビジョンは後からできあがってくると思っています。

 

 

――最後に、海外を目指す若者や、海外でビジネスをスタートさせようと考えている経営者の方へのメッセージをお願いします。

 

 

早川諒 私自身が海外に飛び出して一番感じたことは、人は誰しも無意識のうちに当たり前に思っていることがあって、ちょっと環境を変えると、それが当たり前でなくなるということ。海外で起業をして事業を展開すれば、それまでの当たり前が通用しない場面は山ほどあります。だからこそ、その当たり前のこと一つひとつをありがとうに変える、感謝の気持ちをそこで持つことが一番の成功につながるのではないかと思っています。結局、その感謝が自分自身の原動力になるのは間違いありません。

 

 

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