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「ピンチをチャンスに転換する」――。経済ジャーナリストとして長年にわたり日本経済の最前線を取材し続けてきた渋谷和宏さん。日経BP社の日経ビジネス編集部などで経済・経営の動向を見つめ、現在も執筆・講演・メディア出演を通じて、変化の激しい時代を生き抜くヒントを発信し続けています。不確実性が高まる世界経済の中で、日本にはどのようなチャンスが眠っているのか。今回は、講演依頼の『Speakers.jp』で大好評の渋谷和宏さんに、日本経済の現在地とこれからの展望、企業や個人がとるべき戦略、そしてシニア世代のキャリアについてお話を伺いました。
(text:高田晶子、photo:遠藤貴也)
渋谷和宏 現段階(取材時の2026年5月14日時点)では、不確実性が高まっているということを言わねばなりません。具体的には、ペルシア湾とオマーン湾の間にあるホルムズ海峡の通行再開がいつになるかが見通せなくなってしまっているからです。アメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃の報復措置として、2月28日にイランがホルムズ海峡を海上封鎖しました。アメリカのトランプ大統領は当初4週間で終わると言っていたけれど、通行再開がいつになるのかが本当にわからない。日本で購入する原油の95%は中東産です。そのうち約8割がホルムズ海峡を通行して、日本に運ばれる。ホルムズ海峡を通過する原油は全世界の産出量からすると2割程度なのですが、日本は非常に依存度が高いので、長期化するとなると、じわじわその影響が出てくると思います。
渋谷和宏 昨日、実はある建築資材などを扱っている企業の方たちと話したのですが、「(ナフサ由来の製品は)あるところにはある」と言っているのです。供給制約が語られるようになると、必ず思惑が働いて、目詰まりを拡大させるということは、これまでも繰り返されてきたことです。要するに、もっと価値が上がるまで、自分たちのところでこっそり確保している企業が少なからずあるということです。ただ、現実的には、市場に出回るナフサ由来のプラスチック製品不足が起きていて、スーパーなどの小売店でゴミ袋などの供給が激減しています。じわじわと影響が出てきているということですね。
渋谷和宏 このままいくと、恐らく電気代もガソリン代も上がります。ただ、ガソリンは3月から1リットルに対してこれまでに最大48円ほどの補助金を入れているのですが、この状況が続けばガソリンの補助金の財源も枯渇するので、補正するか否かの議論になってくる。すると、日本の財政が大変だということになり、下手をすると円が売られて、さらに円安になり、輸入物価が上がるという悪循環にも陥りかねない。ホルムズ海峡のことを考え出すと、不安材料が結構多いのですが、不安がっていても仕方がないので、これを機に日本のエネルギー政策について、少し考え直してもいいのかなと思います。
渋谷和宏 その通りです。エネルギー源を転換するひとつのきっかけにしてもいいのではないかと、私は思うのです。少し余談にはなるかもしれませんが、実はプラスチックって、ナフサではなく木材からも作ることができるんです。鳥取県米子市に、王子ホールディングスの製造拠点があります。製紙会社大手の王子製紙が主要子会社ですが、将来的に紙の需要の減少を見越して、紙だけに頼らないグループ経営を目指しています。紙の原料は木材ということで、王子ホールディングスは日本国内のみならず世界中に広大な森林を所有しています。そこで、木材を使った新しいビジネスとして、昨年5月に実証プラントを稼働させました。
木材に多く含まれる成分にセルロースという物質があり、これを人間をはじめとする動物は基本消化することはできません。しかし、白アリなど一部の昆虫は消化することができる。その消化酵素のセルラーゼを使うと、植物のセルロースから木質糖液という糖分を含んだ液体が生成できる。木質糖液を発酵させると、ポリ乳酸という物質ができる。これがまさにバイオプラスチックの原料です。ポリ乳酸を利用すれば、包装資材も繊維もゴムなども作れますし、今市場に出回っているナフサ由来のプラスチック製品を代替できるようになるのです。
王子ホールディングスはこの国産バイオマスプラスチックなどの売上を2030年に100億円にすることを目指していますが、国が資金面や需要先の開拓などで全面支援すれば市場はもっと早くから大きく育つのではと思います。
渋谷和宏 そうなのです。今は中東産の原油が日本に入ってこないということで、危機になりつつあるのですが、逆にその危機が新たなイノベーションに光を当てることにも繋がります。長い目で見ると、危機をチャンスに変えられるのではないかと思います。
渋谷和宏 生成AI(以下、AI)の急速な技術進歩と普及によって、潤っている企業を一番持っている国は、実は日本なのです。AIといえば、ChatGPTを開発したOpenAIやGeminiを開発したGoogleが有名で、さらに今年に入ってからは既存のAIモデルを大きく上回る性能を持つClaudeを発表したAnthropicなど、アメリカの大手企業の独壇場になっているように見えますよね。実際にAIが学習をするために使われる画像処理の半導体も、NVIDIA Corporationが世界のシェア7~8割を占めているとも言われ、圧倒的にアメリカの基盤開発で進んではいるのですが、昨年1年間のAI関連企業の株価の上昇率で言えば、日本企業が突出して高いのです。例えば、東芝の半導体メモリ事業を分社化して設立されたキオクシアホールディングスは6.4倍に、AIなどに使われる半導体の検査装置を作っているアドバンテストも2.1倍、光ケーブルや電子機器を作っている大手企業のフジクラも2.7倍に株価が上がっているのです。それこそ、GoogleやMetaなども前年比で数10%UPはしているのですが、日本のAI関連企業はそれどころではない上昇率です。
渋谷和宏 今まで、IT産業というのは、あまり“物”を介在しませんでした。例えば、Googleの検索エンジンは、インターネット上のサーバー空間のシステムなのでソフトウェアですよね。ですから、極端な話をすれば、優れたソフトウェア開発の天才たちがいれば、数人で作れてしまう。しかも、製造工場なども必要ありません。しかし、IT産業の延長線上にAI産業があるのですが、全然事情が違うのです。
AI産業はデータセンターを作り、そこにコンピューターをたくさん並べて、AIに情報を大量に読み込ませて、AIを賢くさせていく必要があります。巨大なデータセンターになると、そのコンピューター(サーバー)が数十万~百万台以上あり、1つのデータセンターを作るのに、数千億円というお金がかかります。つまり、AI産業は施設、装置、設備が必要ですので、“物”が介在する。実際に、OpenAIはこれまでにデータセンターなどの開発に9兆円ほど投資しています。それでも足りないため、投資家に出資を仰いでいます。同様に、自社のAIを賢くしていかねば競争に負けてしまうため、GoogleもMetaも数十兆円規模のデータセンターを作っています。しかし、これだけの巨額の資金を投入して、巨大なデータセンターを作っても、実は儲かる目途は立っていないのが現実です。OpenAIの売り上げは大体2兆円と言われていますが、四半期につき2兆円ほどの赤字を出しているのではないかと言われているくらいですから。
渋谷和宏 巨大なデータセンターには、AIに情報を読み込ませるための光ファイバーが必要になります。それを作っているのが高い技術力を誇る日本のフジクラです。さらに、ものすごい数のコンピューターを一気に動かすと、ものすごい熱が出ます。すると、それを冷却するエアコンが必要になるため、日本の空調機メーカー・ダイキンのエアコンが爆発的に売れている。それから、コンピューターの半導体の検査装置が必要になってくるので、アドバンテストの検査装置がものすごく売れていたり、電子機器に必要な銅箔を作っている三井金属の銅箔の売れ行きが非常に良かったりなど、高い技術力を誇る日本企業が、AI産業を支える“物”づくりを一手に引き受けていると言ってもいいくらいなのです。
渋谷和宏 ちょうどバブル崩壊の頃、私は日経BP社の日経ビジネス編集部に在籍していました。日本経済はバブルの全盛期の1989年12月29日で、日経平均株価が史上最高値の3万8915円87銭を記録しています。それでも、4万円に届いていなかった。そこから1990年以降どんどん下がっていったのですが、2024年2月にようやくバブル越えを果たし、昨年10月に5万円を突破。さらに、その後急速に株価が上がっていき、一気に6万円を突破しました。それを牽引しているのが、AI関連銘柄なのです。
渋谷和宏 大手のシンクタンクの日本総合研究所は、65歳以上の人たちは自分が持っている金融資産の評価が100円上がると、6円消費を増やすと試算しています。例えば、持っている株の評価額が1000万円上がると、60万円消費を増やしてくれるということです。1億円上がったら、600万円を使ってくれる。これを資産効果というのですが、株価が上がって「よかった」「嬉しい」と思うと、実際に株を売らなくても、消費を増やすのですね。今、日経平均株価が6万円を突破しているので、財布のひもは緩んでいるはずです。
現在、日本の個人金融資産の総額は2200兆円超。ずっと伸び続けていて、史上最高額です。この約65%を65歳以上の人たちが持っているので、約1500兆円と試算できます。そうした人たちはかなりの株も持っているので、今年の後半以降は個人消費を下支えしてくれるような資産効果は間違いなく出てくるだろうと思います。
渋谷和宏 確かに、現役世代が資産形成できていないことは、日本の大きな課題の1つではあります。30年間給料が据え置かれてきたうえに、社会保障費の負担がすごく上がってしまっています。「逆進性」という言い方をしますけれど、給料が低い人ほど社会保障費の負担割合が重い状況が続いている。特に30~50代の多くの人たちは、なかなか生活が楽にならないと思っているでしょう。
賃金は物価を超えて上がっていかないと、購買力には結びつきません。物価を勘案して反映した賃金の購買力のことを「実質賃金」といいますが、2022~25年の4年連続でマイナスでした。要するに、給料の金額はそれなりに上がっているけれど、物価上昇がそれを上回っている、だから結果として目減りしてしまっているということです。一部の大企業は5%超の賃上げをしたなどとニュースにもなっていますが、日本は圧倒的に中小企業が多く、99.7%が中小企業です。労働人口の7割強が中小企業で働いていて、そこまで給料が上がっていないので、どうしても節約志向を強めざるを得ません。 これをとにかく政治の力や企業のマインドを変えることで改善していかなければいけないという課題は今も持ち越されているということですね。
渋谷和宏 欧米や中国・韓国などの企業に比べると、日本企業は独創性と未来への投資を後回しにしてきたという印象は否めません。例えば、特にこの約20年間で「これすごいよね」という日本の家電製品を思いつくでしょうか。独創的な家電の開発ではダイソンなど、海外の家電メーカーに圧倒されています。AppleがiPhoneで確立したスマートフォン競争にも、日本は乗り遅れてしまいました。そんなことを考えると、世界中の人を感動させたり、驚かせたり、面白がらせたりするような独創性のある新しい製品やサービスやシステムを作っていく方向に、企業は投資していかなければならないと思います。
その時に重要なのは、人材への投資です。私は常々思っているのですが、優れた独創性のある製品は、恐らくマーケターも含めた開発者や社員の人たちが、やる気になって面白がって取り組まないと、創造できないと思うのです。「言われたことだけやってればいい」という職場からは、たぶん何も新しいものは生まれない。自分の興味関心、価値観、ライフスタイルなどとシンクロして、「これ面白いよね」と思えて、長時間労働になるかもしれないけれど、それさえ厭わないくらいのエネルギーを放出しないと生まれないですよね。企業の人材をやる気にさせるためのマネージメント、人をどう活性化させていくかという経営方針が、これから問われているのではないかと思っています。
渋谷和宏 まずは、成果を出した人にはしっかりと報いることが絶対に必要です。給料増やしますとか、長期休みとってもいいよとか、なんなら仕事時間の1割くらいは会社のお金を遣って遊んできてもOKくらいのことをする企業があってもいいのではないでしょうか。成果を出した社員に自由にお金と時間を使わせるくらいの余裕が日本企業にもほしいですね。
最近、世界的モーターメーカーのニデック(元・日本電産)が、不正会計問題に続き、品質不正問題も報じられました。その大きな理由はコストダウンと業績を上げることへのトップのプレッシャーでした。不正に安く作り、さらに不正会計もしていたという悪循環です。これらは、メーカーにとっては信用に関わる致命傷とも言えます。これは極端な例ですが、経営が厳しい日本企業の多くも、似たような状況になっていると思います。それくらい日本企業はコストダウンに邁進してきて、結果として創造性や未来への投資を惜しんできた過去がある。だからこそ、デフレ景気が停滞していることに過剰反応したのでしょう。コストダウンばかりで窮屈な職場では良い人材は育ちませんし、未来はありません。思い切って生きたお金の使い方をして、未来への投資をしていける経営者が生き残ると思います。
渋谷和宏 現役世代の節約志向はどうしても続いていくとは思うのですが、メリハリ消費の傾向も強まっていく気がしています。具体的には「推し活」ですね。昔からメリハリ消費の現象自体はあったかと思いますが、改めて「推し活」という定義をして、広く認知されたことで、再注目されています。食費は多少切りつめても、好きなアーティストのライブやディナーショーに行くのが楽しみで、交通費やグッズなどには金を惜しまず使うという人は非常に多いので、その個人消費はこれからも力強く伸びていくでしょう。グッズの収集なども顕著で、ボンボンドロップシールやポケモンカード、マクドナルドのハッピーセットなど、いろいろな推し活があります。そこで重要なのは、SNSなどを通じて繋がった熱心なファンのコミュニティをどう形成していくかです。それをファンダム経済といいますが、ファン同士の集いをどのように企画し、満足度を上げていくかがポイントになります。企業側は消費者に対して、そのサービスや製品がどのように生まれたのか、どのように作っているのかという物語を共有させて、物語への支持や没入感を提供する。それを喚起するためのマーケティングの重要性もより高まってくるでしょう。
それから、コロナ禍を境に「健康にはお金を遣いたい」という人が増えている印象が強いです。節約志向は強まっているけれど、chocoZAPやエニタイムフィットネスなどのジムに通う人やパーソナルトレーナーをつける人も増えています。それは、コロナ禍を経験して、健康に勝る財産はないと多くの人が気が付いて、「免疫力を高めたい」「アンチエイジングをしたい」と思う人が増えたからでしょう。
節約志向と推し活・健康にお金を費やすという傾向がさらに強まると思います。
渋谷和宏 私も50代、60代の方の再就職やキャリア形成について講演させていただくことがよくあります。講演会で質問を受けたり、その後お話ししたりする時に感じるのは、皆さん自分たちが思っている以上に、能力も経験値も高い方が多いのです。
年齢が高くなっても伸び続ける脳の領域が言語中枢なので、50代以降の方の説明能力は非常に高い。ですので、若い世代が開発した商品に対して、開発者が一番詳しいとは思うのですが、コンセプトやメリット、他社製品との差別化などを50代以降の方が翻訳してあげると、もっとわかりやすく伝わることが多いです。さらに、様々な経験をしてきているということは、若い世代が困って行き詰まった時に、経験に基づいたアドバイスができます。若い世代のやる気を鼓舞したり、発想を転換してあげたり、悩みを解決してあげたりなど、メンターとしての役割を担えると思っています。
「自分は何もできない」「自信がない」「出世もしてこなかった」と仰る方が多いのですが、まずは自信を持ってほしいですね。自分の自己評価以上に、客観的な評価は高く見積もられるはずです。自分を過小評価しないでいただきたいですね。
渋谷和宏 そんなことは全然ないので、「会社が正当に評価していない」というくらいに思ってください。良いか悪いかは別にして、今後60代はもちろん、徐々に70代も働くことが当たり前になってくると思います。2024年の調査では、65~69歳の就業率は5割を超えていて、70~74歳は3割ほど。転職サイトを手がけるエン・ジャパンの調査によると、2024年の50代の転職者数は、2018年に比べて5.33倍になっているそうです。そこを踏まえて、未来も可能性があると考えて、キャリアの時間軸を長く持ってほしいなと思います。
渋谷和宏 「60歳の定年まで働いたから、あとは退職金と年金でゆっくり過ごすんだ」ということが、社会構造的に難しくなってきたという問題もあります。年金も65歳から貰うより、70歳、75歳で貰う方が金額が高くなるよう年金制度を改正しましたし、この先、マクロ経済スライドもあって、さらに年金受給額が目減りするような動きもありますので。
それから、企業の人手不足もあります。だから、60代や70代も戦力化しなきゃいけないという動きもどんどん出てきて、「給料下げません」「65歳からの定年後の再雇用でも優秀な人にはより払います」というような企業も出てきています。
そのような状況下なので、OECD(経済協力開発機構)が、2024年に「対日経済審査報告」というものを出しました。そこでは「日本は定年制度を廃止すべきだ」と提言しているのです。実は、定年制度を導入している先進国はあまりなくて、イギリスが長らくやっていたのですが、2011年に「エイジフリー社会」を実現するための法律を制定して、年齢を理由にした解雇は法律違反になりました。60歳で定年して、その後65歳まで再雇用というシステムの国は日本と韓国くらいです。ですので、今後、事実上は日本も定年制度がなくなっていく方向に進むのではないかと思います。
渋谷和宏 日本経済の行方やこれからのチャンスといったテーマが多いですね。皆さん、今後の景気がどうなるのか、我々はどうしていったらいいのかということにご興味がある。基本的には経済団体からのご依頼が多いのですが、企業さんからだと、その企業の中で働くビジネスパーソンはどうすればいいのかというテーマもあります。実際の勝ち組企業の事例や、活躍されているビジネスパーソンのエピソードをご紹介しながら、今必要とされているスキルや人物像についてご提案させていただくという講演会が多いですね。
それから、消費トレンドについても多いです。これからの消費を見通すキーワード、消費の動きや傾向について、具体的に事例を挙げて紹介しつつ、その消費トレンドを捉えた勝ち組企業を紹介しながら、「こういう形で見事にマーケットを拡大しましたよ」という話から、今後のヒントにしていただくことも結構多いです。
さらに、キャリアについての講演会も多いですね。先ほどもシニア層のキャリアのお話しをさせていただきましたが、「役職定年を迎える方にモチベーションの上がる話をしてください」というご依頼をいただくこともあります。
基本的には経済動向、企業経営、キャリアを中心にお話をさせていただいています。
渋谷和宏 聞いてくださる様々な方が前向きな気持ちになり、より一層頑張ろうと思っていただけたら嬉しいですね。私自身、長年経済取材をしてきている経験もあり、それが人の役に立つのならば、今後も多くの方に自分の知識をお伝えしていきたいと思っています。

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