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内村航平 講演会講師インタビュー

オリンピック4大会(2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ、2020年東京)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。
また、世界体操競技選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む21個のメダル(金メダル10、銀メダル6、銅メダル5)を獲得した。現在は、自身の競技生活での経験をもとに講演活動も多数行っている。講演依頼Speakers.jpの講演会でも人気の内村航平さんに引退後の活動や競技生活での経験談を伺った。

(text:高田晶子、photo:遠藤貴也)

2022年、現役引退。 今もすべての活動は体操の価値を高めるため――

―昨年、現役を引退されてから、今はどんな生活を送られていますか?

内村航平 選手としては引退しましたが、何も予定が入っていないときには、練習場で2~3時間体を動かしています。取材や講演会、体操教室やイベントなどがあるときにも、自宅でストレッチ、倒立、宙返りなどを40分くらいかけてやるようにしています。当然選手時代よりも練習量は減っていますが、毎日体を動かし続けていると、体は維持できているなと実感できています。

実は、引退してから一度、実験として意識的に1カ月間何もしないということをやってみました。すると、ものの見事に動けなくなりました。体操選手は倒立しただけでその日のコンディションがわかるのですが、1カ月間体を動かさなかった時は、倒立してピタッと止まることさえできなくなりました。体調も優れなかったし、体を動かして心拍数を上げたり血流を良くしたりすることが、いかに体に良いことなのかを身をもって知った経験でした。

 

―内村さんのようなトップアスリートでなくとも、毎日体を動かすことが健康維持に繋がると思いますか?

内村航平 もちろんです。毎日5分でも10分でもいいので、ストレッチやスクワットなどをして体を動かしてほしいですね。継続的に体を動かしていると、体は軽くなりますし、気分もよくなる。結果として毎日元気に過ごせますよね。

僕たちのような体操選手は競技として究極的なことをやっていますが、体操は健康維持に最適じゃないでしょうか。先ほども、体操選手は倒立が調子のバロメーターだと言いましたが、倒立は人間としての機能を向上させるいい運動だと思っています。普段生活していく中で、逆さまになることなんてないですよね。壁に向かって一瞬でも倒立してみると、まず体がビックリしますし、負荷がかかります。

小さい頃から体操をしていると、事故などの危機的状況に遭遇したときに、自分の体をうまく操作して受け身をとるなど、危険の回避ができるようになります。僕も小学生の時にはかなりヤンチャな遊びをしていたのですが、派手に自転車で転んだときに大きな怪我もなく済みました。体操をやっていてよかったなと思います。

 

―引退後の生活リズムや食生活など、変わったことがあれば教えてください。

内村航平 体操を一番に考えなくてよくなったので、いろいろなことを考えるようになりました。講演会やトークショーの内容、構成を考えたり、体操教室や体操イベントで、どうしたら小さな子どもたちに技のポイントをうまく伝えられるか考えたりしています。

引退してから、いろいろなことをやらせていただいていますが、体操の面白さを知ってもらうことや体操の価値を高めることに繋がればいいなと思って取り組んでいます

あと、引退してから始めたことは、ゴルフ。体操の動画も見ていますが、根がオタク気質なので、ゴルフの動画もかなり見て、日々研究しています。スイングをしている後ろ姿だけでどの選手かわかるくらい見ていますね(笑)

 

―ゴルフの腕前はいかがですか?

内村航平 いやー、まだ超下手なのでゴルフのスコアは2桁になるまでは絶対言わないです(笑)。

体操とゴルフは似ているポイントがあります。体操は基本的に器具に対して自分が動くわけですが、ゴルフも動かないボールに対して自分が動くという点ではすごく似ています。ですが、ゴルフは雨風や気温など自然の影響を大きく受けるので、本当に難しいですね。道具を自分の意志で動かすので、クラブのどこにボールを当てれば、どう飛んでいくのかを理論的に考えながらやっています。ただ僕はずっと体操をやっていたので、筋肉が邪魔をして可動域が狭いのがネックですね。

 

―そこまで研究されていたら、ゴルフもすさまじく上達しそうですね。

内村航平 体操ほどではないですが、今夢中にはなっています。ただ、30年も続けている体操以上に熱中できることは、もうないのかもしれないとも思います。これだけやっていても、体操に対してまだわからないことがたくさんあります。僕は基本的にわからないことや、それを言語化できないことが嫌なんです。体操は再現性が大切な競技なので、自分の感覚を言葉にできないと、再現性を高めていくことも難しくなる。だから、何事も言葉で表現できるよう、論理的に考えるようになりました。

 

3歳からの体操人生 4回もの五輪経験で体操界のカリスマに

―内村さんは体操選手だったご両親が長崎県諫早市に開設した『スポーツクラブ内村』で3歳から体操を始められたのですよね。

内村航平 そうですね。そもそも家が体操クラブだったので、家で遊ぶ=体操という感じでした。自由に楽しく体を動かしていたのが幼少期の記憶ですね。小学校1年生で初めて試合に出たのですが、最下位でした。

 

―内村さんが体操選手として、頭角を現したのはやっぱり高校時代のインターハイ出場あたりからでしょうか。

内村航平 そうです、高校2年生ですね。中学卒業後は両親の反対を押し切って、ひとりで東京の高校に進学しました。朝日生命体操クラブに入門したのですが、本格的に体操に取り組みたいとかオリンピックに行きたいというよりも、もっとうまくなりたいという気持ちが強かったですね。まだ中学生だったので、シンプルに憧れている塚原直也選手のもとで体操をやれば、上手くなるのではないかと思い、東京行きを決めました。ただ、東京に行ってから後悔はするのですけど……。

 

 

―上京して、辛かったことは?

内村航平 とにかく電車の乗り換えに苦戦しました。高校の最寄り駅は水道橋にあり、朝日生命の体育館と寮は京王線の千歳烏山。毎日新宿で乗り換えて高校に行くのですが、まず新宿駅が広すぎて迷いました。人の流れに乗って歩いていたら駅から外に出てしまったり、行き先を確認せずにホームに来た電車乗ってみたら全然違う路線だったり……。1時間もかけて高校に通うのも苦痛でしたし、慣れるまでかなり時間がかかりました。

しかも、体操がうまくなりたいと思って上京したのに、いろいろな技を教えてもらえず、ずっと基礎練習ばかりの日々。高校1年生のときは「なんで東京に来たんだろう」と毎日思っていましたし、当時は本当につまらなかったですね。

 

―それでも腐らずにやれたのは……。

内村航平 1年間我慢して基礎練習をしていたのですが、高校2年生になったあるとき、今まで出来なかった技を試しにやってみたら、簡単にできちゃったという出来事がありました。その体験から、これまでやってきた基礎練習が本当に大事なことだったと気が付けました。以降、体操も楽しくなりましたし、結果もついてくるようになりました。

 

―体操競技の日本代表としては’06年から15年間も続けられていますね。多くの方がご存じかと思いますが、’08年の北京五輪からロンドン、リオデジャネイロ、東京と連続して4回もオリンピックに出場されています。

内村航平 選手として競技をしていたのは30年間。その競技人生の半分の15年間は日の丸を背負っていたので、そのことは引退したときに「自分はなかなかすごいな」と思いましたね(笑)。

世界選手権や五輪以外の国際大会は北京五輪前にも出場していたのですが、日本代表として最初の大きな国際大会がいきなり北京五輪でした。自分が世界でどれくらいの位置にいるかもわからない状況で出場して、いきなり個人総合で銀メダルが獲れてしまいました。純粋に楽しかったのですが、個人も団体も銀メダルだったので、そこから「世界一にならなきゃいけないんだ」と明確な目標が見えましたね。

 

―ロンドン五輪とリオデジャネイロ五輪では、個人総合で見事金メダルを獲得していますね。

内村航平 オリンピックイヤー以外の年は毎年世界選手権があるのですが、北京五輪の翌年から世界選手権は3連覇していました。オリンピックでも金メダル確実と言われている状況で、ロンドン五輪に臨んだので、そこで初めてプレッシャーを感じましたね。演技自体はあまりよくなかったのですが、結果として個人総合で金メダルを獲ることはできました。

北京五輪もロンドン五輪も、団体では銀メダルだったので、次のリオデジャネイロ五輪の団体で金メダルを獲るにはどうしたらいいのかという考えにシフトしていきました。ただ、自分が個人総合で金メダルを獲ることが団体でも金メダルを獲る最大のアドバンテージにもなるはずなので、個人でも結果を出さねばならないとは思っていましたね。

 

―個人の競技性を高めることと同時並行で、キャプテンとしてリーダーシップを発揮し、どうチームをまとめていくかということも考えられていた。

内村航平 キャプテンとしてやること自体は増えていましたが、個人総合で金メダルは獲れていましたし、世界選手権などで経験を積んできていたので、チームとしてどうあるべきか、どう進んでいくべきかという方に重きを置いていた気はします。チーム作りで大切なことは、それぞれのメンバーがどういう人かを知ること。常に声を掛けるようにしたり、食事に一緒に行ったりして、かなりコミュニケーションはとるよう心掛けていました。その結果、リオデジャネイロ五輪で団体金メダルを獲ることができました。

 

―最後のオリンピックは’21年の東京五輪でしたね。

内村航平 僕自身は「東京五輪は必ず出たい」と言っていたのですが、いろいろと特殊すぎたオリンピックでした。コロナ禍で延期もしたし、無観客でした。僕は個人総合ではなく鉄棒に種目を絞って臨みました。東京五輪までに3大会出た身としては、何かが違うぞということがありすぎたし、出ることはできたけれど一瞬で終わったなという感覚でした。

’20年の東京五輪が延期されると発表されてから、本当に翌年できるのか、中止になるのか、状況がわからないまま宙ぶらりん状態のときが、選手は皆つらく苦しかったと思います。どこに向かって何をすればいいかわからない。1年ずれたことで引退した選手もいますし、目標から逆算して体を調整しないと試合に合わせられないので、難しかったと思います。ただ、東京五輪は自国開催の強みもあって日本として過去最多のメダル数でしたし、中止にならなくて本当によかったですよね。

挫折や失敗をしたときには、 “底”に到達するまで徹底的に考え抜く

―東京五輪のときには、引退も考えていたのですか? 引退を決断するのも勇気がいりますよね。

内村航平 東京五輪がいい大会だったら、もういいかなと思えたかもしれないのですが、特殊な大会だったので、次のオリンピックにも出たいなとは思いました。ただ、個人総合ではなく鉄棒に絞ったという選択は、少しずつ自分がフルでできないからなので、第一線の選手としてはもう十分じゃないかと思い、昨年引退を決断しました。選手じゃなくても体操は続けられますしね。

 

―内村さんは大会や試合などで失敗した際に、どのように対処していましたか?

内村航平 失敗したときはそんなに考え込まないようにします。体操の場合は個人総合が6種目あるので、ミスが出た場合は次の種目まで引きずるのが一番よくないこと。試合中は瞬間的にミスを断ち切って、気持ちを切り替えることを意識していました。試合がすべて終わってから、なぜミスをしたのかを答えが出るまで考えて、次の試合で同じことをしないように対策を立てていました。

 

―輝かしい経歴の内村さんでも、挫折の経験はありますか? そうしたときに立ち直るにはどうしていましたか?

内村航平 挫折をした場合も、ひたすら考えますね。ネガティブな感情が続くと思うのですが、ずっとその状態でいいと思います。徹底的に考え続けていれば、いずれ“底”にたどり着くので、それからはもう上がるだけです。僕自身の挫折経験は、東京五輪で予選落ちしたことですね。3日間、予選を通過できなかったという結果を自分自身で考えに考え抜いて、3日目に“底”にたどり着きました。そして、「終わったことだしもういいや」というところまでポジティブに考えられるようにもなりました。それが初めての挫折だったので本当につらかったのですが、ウジウジしているのも自分らしくないとも思ったし、3日間悩んでつらいと思うこと自体に飽きたっていうのもありますね(笑)。

 

―それでは、今後のお話を。講演会やトークショーなどで内村さんがお話しするテーマはどのような内容が多いのでしょうか。

内村航平 一番多いのは、目標達成の話です。対象も小、中、高の学生や社会人などさまざまです。僕個人としては小学生に話すことが得意かもしれません。基本的に子どもは話を聞いていないというスタンスで話すので、絶対に伝えたいことは最後に言うようにしています。僕が子どもたちに伝えたいのは「『ありがとう』と『ごめんなさい』を言えるような大人になりましょう」ということです。夢を叶えるとかオリンピック選手になるとかいうことよりも大切なことだと思っています。そうした話もするのですが、そもそも聞いていないので、「最後にこれだけは覚えておいてね」と声のトーンを変えて言うようにしています。

 

―大人に向けての講演会だと?

内村航平 学校の先生に向けた講演会をしたことがありますが、まず、僕は子どもたちにこんな話をしていますという話をしました。あと、日本代表の合宿などで教える立場は経験しているので、僕が教える際に気を付けていることや、基本的には「自分が何かを教えても結果を期待しないというスタンスを持っていること」などを話します。教える立場としてはまだ経験が浅いのですが、結果を期待すると「こんなにしてあげているのになんでできないの?」と思いがちです。僕は他人にも自分にも期待したらダメだなと思うようにしています。自分にも期待していいことなんてひとつもない。期待しないで結果が出たらラッキーと考えています。

教え方もたくさんあるのですが、相手が理解できるまで教えないと意味はないと思っています。体操は特にひとつの技に対してもやり方がたくさんあるので、どのやり方がその選手にとって合っているか、その選手がどう伝えれば一番理解できるのかもひとりひとり違うので、教えるというよりは一緒に学んでいるという感覚が強いですね。

 

―それでは、最後に内村さんが講演会を通して伝えたいことをお教えください。

内村航平 「続けることの大事さ」ですね。体操でも「継続は力なり」と学びましたし、引退してもなお大事だと感じる瞬間に何度も出会っています。結局、今出来ていることは続けているからこそなのです。例えば、お箸を使って食べたり、文字を書いたり日常生活において無意識でやれていることも、最初はみんなできなかったけれど、続けているからこそできるようになっていますよね。

僕は好きな体操を今までずっと続けてこられました。好きじゃなくても自分がしっかり没頭できるような環境があればいいとも思います。でも、「何が何でも達成したい」「やり遂げたい」と自分を突き動かす情熱を明確に意識していなければ、続けることは難しいですよね。ただやるだけでは意味はない、何事も続けなければいけないということをこれからも伝えていきたいですね。

 

これからの活動にも注目していきたいと思います。 ありがとうございました。 

 

 

 

 

 

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