オリンピックテーマの講師

熱い戦いが繰り広げられた2016年リオデジャネイロオリンピックも感動のうちに幕を下ろしました。日本のメダル獲得数は史上最多の41個! 今回も数々の名勝負が多くの人々の胸を熱くさせました。


Speakersでは、そんな鮮烈な記憶を呼び起こしてくれる講師陣をご紹介しております。 オリンピックにその名を刻んだメダリストや有名アスリートを中心に名監督・コーチなど、講演依頼を多数いただく人気の講師ばかりです。
2020年、2度目の東京オリンピック開催を前に、トップアスリートのような力強い生き方や壁の乗り越え方を学びたい。そして、来るべき東京五輪に向けてわれわれが準備すべきことは何か? など、ニーズの高い講演会講師をご紹介いたします。
注目競技 名選手・名指導者に学ぶ人気のテーマ
ソチ五輪 ・ 冬季五輪
名場面フラッシュバック(コラム)
講師一覧
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注目競技

【夏季オリンピック注目競技一覧】

◆競 泳◆



宮下純一宮下純一北京オリンピック 競泳メダリスト

講演テーマ「出会いに感謝~思い続けたオリンピック~」

北京五輪の競泳メドレーで北島康介選手らとともに銅メダルを獲得。現在はスポーツキャスターとして活躍中。

岩崎恭子

岩崎恭子バルセロナ五輪金メダリスト

講演テーマ「幸せはいつも自分でつかむ」

14歳で出場したバルセロナ五輪で金メダルを獲得。「今まで生きてきたなかで、一番幸せです!」は流行語に。

北京・アテネ五輪の男子100m・200m平泳ぎで金メダルを獲得した北島康介選手(コーチ:平井伯昌氏)を初め、日本選手の活躍が目覚し い競技の一つ。ロンドン五輪でも、男子個人メドレーで高校生の荻野公介選手が銅メダルに輝いたほか、男子400mメドレーリレー(北島康介 ・入江陵介・松田丈志・藤井拓郎選手)で銀メダル、女子400mメドレーリレー(寺川綾・鈴木聡美・加藤ゆか・上田春佳選手)で銅メダルを 獲得するなど、計11個のメダルを獲得しました。過去にも、岩崎恭子氏や鈴木大地氏、田中雅美氏、萩原智子氏、柴田亜衣氏、中村真衣氏、宮 下純一氏など、記憶に残る名選手を輩出しています。

◆シンクロナイズドスイミング◆

武田美保武田美保シンクロスイマー

講演テーマ「目標達成に対する行動の明確化と思考法」


3大会で通算5個のメダルを獲得。メディア出演、講演、シンクロを用いたショーなど、様々なジャンルで活躍中。

立花美

哉立花美哉井村シンクロクラブコーチングスタッフ

講演テーマ「選手から指導者へ~シンクロで歩む道~」

ペアの武田美保氏とともに、個人として最多のメダル保持者。井村シンクロクラブで後進育成に当たっている。

水中での演技の難易度・完成度と、美しさや同調性を競い、日本が得意とする競技。かつて井村雅代コーチのもと、1984年ロサンゼルス五 輪以来、数々のメダルを量産してきました。しかし、2012年ロンドン五輪では5位に終わり、復活に向けてさらなる強化が求められています。 小谷実可子氏、奥野史子氏をはじめ、武田美保氏、立花美哉氏などかつてのメダリストが、講演会で夢の実現やチームワーク、健康美など、競 技から得た経験を世に伝えています。

◆陸上◆

有森裕子有森裕子女子マラソン オリンピックメダリスト

講演テーマ「よろこびを力に…」

バルセロナ五輪で銀、アトランタ五輪で銅メダル。「初めて自分で自分をほめたいと思います」は余りに有名。

朝

原宣治朝原宣治一般社団法人アスリートネットワーク副理事長

講演テーマ「二人三脚でつかんだ栄光のメダル」

4大会に出場し、日本陸上短距離界を牽引。引退後も、スポーツを通じた地域貢献活動と次世代育成に従事。

男子100mのウサイン・ボルト氏など、身体能力に秀でた外国人選手が多く活躍する競技。日本では特に女子マラソンで優れた成績を残し、 有森裕子氏や高橋尚子氏(コーチ:小出義雄氏)、野口みずき氏がメダルに輝きました。男子では、ハンマー投げの室伏広治氏がアテネ五輪で 金メダル、ロンドン五輪で銅メダルを獲得。北京五輪4×100mリレーでは、塚原直貴・末続慎吾・高平慎士・朝原宣治氏がトラック競技で悲願 のメダルを獲得しています。また、400mハードルで3大会連続オリンピックに出場した為末大氏は現在、スポーツコメンテーターとして講演で も活躍中。ソウル五輪女子10000mに出場した松野明美氏は、福祉などをテーマに講演会も精力的に行っています。

◆体操◆

森末慎二森末慎二日本体操協会 理事

講演テーマ「夢をつかむ」

1984年ロサンゼルスオリンピック大会出場。体操団体で銅メダル、跳馬で銀メダル、鉄棒で金メダルを獲得。

秋山エリ

カ秋山エリカ東京女子体育大学教授

講演テーマ「秋山式・ウェイトコントロール」

新体操で全日本選手権6連覇。ロサンゼルス、ソウル五輪に出場。シドニー、アテネ五輪ではコーチも務めた。

かつて日本のお家芸とも称され、ロサンゼルス五輪では森末慎二氏が金・銀・銅のメダルを獲得。これまで、ソウル・バルセロナ五輪でメ ダルを獲得した池谷幸雄氏、アテネ・北京で日本を牽引した冨田洋之・米田功氏、ロンドン五輪で個人総合の頂点に立った内村航平氏など名選 手を輩出しており、次のリオデジャネイロ五輪では団体での金メダルが期待されています。また、女子新体操では、ロサンゼルス五輪で山崎浩 子氏が8位入賞。同大会に出場した秋山エリカ氏が監修を務めた『大人のラジオ体操』は2012年のベストセラーとして話題となり、ロンドン五 輪でも田中理恵選手の華やかな演技が国民の人気を集めました。

◆柔道◆

北田典子北田典子公益財団法人全日本柔道連盟 理事

講演テーマ「強くなる人間の考え方」

ソウルオリンピック(公開競技)で銅メダル。全柔連理事として「暴力の根絶プロジェクト」で中心的役割を担う。

古賀稔

彦古賀稔彦柔道家

講演テーマ「自分で問題解決できる選手を育てる」

バルセロナ五輪では、大会直前の大ケガを背負いながらも金メダルを獲得。指導者としても成果を残している。

今や世界中に普及している柔道。日本人選手が外国人選手の後塵を拝す機会も多くなりました。お家芸として最も多くのメダルを見込まれ る競技であるだけに、その復活が期待されています。男子では、山下泰裕・斎藤仁・小川直也・古賀稔彦・吉田秀彦・篠原信一・井上康生・野 村忠弘・鈴木桂治・石井慧氏など、綺羅星のごとく名選手を輩出。女子ではこれまで、谷亮子(田村亮子)・松本薫・恵本裕子・谷本歩実・上 野雅恵・阿武教子・塚田真希の各氏が金メダルを獲得しています。また、ソウル五輪の銅メダリスト北田典子氏は、全日本柔道連盟理事として 指導上の暴力根絶を推進するとともに、柔道から学んた経験を元に講演を行っています。

◆サッカー◆

釜本邦茂

釜本邦茂公益財団法人 日本サッカー協会 顧問

講演テーマ「チームにおけるチームワークとリーダーシップ」

メキシコ五輪得点王で国際Aマッチ得点率は世界歴代一位。日本代表最多得点記録保持者でもある。

大竹七未大竹七未元なでしこジャパン

講演テーマ「逆境を力に」

日本代表のエースとして活躍し、アトランタ五輪に出場。現在、東京国際大学女子サッカー部監督を務めている。

メキシコ五輪では釜本邦茂氏等の活躍により銅メダルを獲得した男子サッカー。現在は24歳以下の若手を主体とした大会となっています。 中田英樹・前園真聖・城彰二氏らを擁したアトランタ五輪(監督:西野朗氏)では優勝候補のブラジルを破り、シドニー五輪(監督:フィリッ プ・トルシエ氏、コーチ:山本昌邦氏)ではベスト8、ロンドン五輪(監督:関塚隆氏)ではベスト4に進出。また、女子ではワールドカップに 並ぶ重要な大会に位置づけられ、ロンドン五輪では佐々木則夫氏率いる「なでしこJAPAN」が、澤希穂・川澄奈穂美・丸山桂里奈といった 注目選手を擁し、銀メダルを獲得しました。大竹七未、東明由美、高倉麻子、野田朱美といった五輪経験者の各氏が、講演で「なでしこ」の強 さの秘訣を語っています。

◆バレーボール◆

眞鍋政義眞鍋政義元全日本女子バレーボール代表監督

講演テーマ「メダル獲得に向けた女子バレーの秘策」

試合中にタブレットを手に、緻密なデータ分析をしながら指示を出す「IDバレー」で世界選手権、オリンピックで日本にメダルをもたらした。

大山加奈大山加奈元全日本女子バレーボール選手

講演テーマ「スポーツから学んだこと」

小中高全ての年代で全国制覇を経験。力強いスパイクを武器に日本を代表するプレーヤーとして活躍。

1960年東京オリンピックで金メダルに輝き、「東洋の魔女」と恐れられた日本女子バレーチーム。1984年ロサンゼルス五輪での優勝以降は 低迷していたものの、国内人気は根強く、中田久美・大林素子・益子直美・栗原恵氏などスター選手を輩出。2008年北京五輪(監督:柳本昌一 氏、キャプテン:吉原知子氏)では5位、「火の鳥NIPPON」とネーミングされた2012年ロンドン五輪では、眞鍋政義監督のもと荒木絵里香・木 村沙織・竹下佳恵・狩野舞子ら人気選手を擁し、見事銅メダルを獲得しました。一方、男子は、1972年ミュンヘン五輪で金メダルを獲得したの ち長く低迷し、2008年の北京五輪(監督:植田辰哉氏)では実に16年ぶりとなるオリンピック出場を果たしたものの、2012年ロンドン五輪では 最終予選で敗退。ゲーリー・サトウ新監督の下、今後の活躍が期待されます。

◆野球・ソフトボール◆

赤星憲広赤星憲広野球解説者

講演テーマ「野球、夢などをテーマにしたトークショー」

JR東日本在籍時にシドニー五輪出場。阪神タイガース入団後は俊足を活かし、5年連続の盗塁王に輝いた。

宇津木妙子宇津木妙子元 全日本女子ソフトボールチーム監督

講演テーマ「夢の実現~努力は裏切らない~」

目標を明確化し、一人ひとりと真剣に向き合う指導法でチームを強化。シドニー、アテネ五輪でメダルを獲得。

男子の野球と女子のソフトボールは、ロンドン五輪で正式種目に採用されず、2020年以降の五輪でも実施されるか否かが流動的な状態とな っています。野球では、かつてアマチュアのみの編成で、古田敦也・野茂秀雄氏を擁したソウル、小久保裕紀氏らが出場したアトランタ五輪等 で好成績をおさめました。解説者として人気の赤星憲広氏もアマチュア時代にシドニー五輪に参加されています。その後、プロ選手主体のチー ム編成がとられましたが、金メダルを獲得するには至れませんでした。一方、女子ソフトボールでは、宇津木妙子氏のカリスマ的な指導力のも とで確実に強化が進み、2004年アテネ五輪では上野由岐子・高山樹里投手らの活躍により銅メダル、2008年北京五輪(監督:斎藤春香氏)では 金メダルに輝いており、正式種目としての復活が熱望されています。

◆その他の競技◆

岡本依

子岡本依子ドリームテコンドースクール代表

講演テーマ「夢は叶う」

五輪3大会に出場し、シドニーでは日本テコンドー初となるメダルを獲得。明るいキャラクターで人気を博す。

飯島健

二郎飯島健二郎JOCトライアスロン専任コーチ

講演テーマ「指導の原点は人間教育にあり」

かつてプロ・トライアスリートとして活躍。ロンドン五輪では監督を務め、厳しいながらも指導者としても定評がある。

オリンピックには上記以外にも注目競技が目白押し。テニスでは、かつてクルム伊達公子氏や杉山愛氏、松岡修造氏や錦織圭選手も出場し ています。その他、2012年ロンドン五輪では、女子卓球団体で福原愛・石川佳純・平野早矢香選手が銀メダル、太田雄貴選手を擁するフェンシ ング男子団体が銀メダルを獲得しました。バドミントン女子ダブルスでは、かつての小椋久美子・潮田玲子氏による「オグシオ」ペアにならっ て「フジカキ」と称された藤井瑞希・垣岩令佳選手が銀メダルを獲得。かつて山本博氏が銀メダルを獲得して話題となったアーチェリーでは、 男子個人で古川高晴選手が銀メダル、女子団体チームも銅メダルに輝いています。また、重量挙げ女子48kg級で三宅宏美選手(コーチ:三宅 義行氏)が銀メダルを獲得するなど、一般に「マイナー競技」と呼ばれる競技からも多くのメダリストが輩出されています。メジャー競技に比 べてなかなか陽の当たらない環境にあっても、たゆまぬ努力を重ねてきたアスリートの笑顔と涙に、多くの感動が生まれました。Speakersにも 、テコンドーの岡本依子氏やトライアスロン全日本監督を務めた飯島健二郎氏、水球日本代表監督を務めた清原伸彦氏、ビーチバレーの朝日健 太郎氏など、多数の五輪経験者が講師として登録しており、モチベーションやその指導法を講演で伝えています。

◆パラリンピック◆

京谷和幸京谷和幸車椅子バスケット選手

講演テーマ「絆~出会いの大切さ~」

元Jリーガーで、不慮の事故を機に車いすバスケットボールを開始。北京パラリンピック日本選手団主将を務めた。

鈴木ひと

み鈴木ひとみ人権啓発講師

講演テーマ「車椅子からの出発(たびだち)」

ミス・インターナショナル準日本代表も事故により頚髄損傷。アテネパラリンピックに射撃日本代表として出場。

障害者を対象として、オリンピックの同年に同じ場所で開催されるパラリンピック。困難を乗り越えて、チャレンジを続けるアスリートの 姿は感動的であるとともに、沢山の気づきを与えてくれます。2012年のロンドン・パラリンピックでは、車いすテニスで国枝慎吾氏が3大会連 続の金メダルに輝き、陸上の車いすレースで伊藤智也選手が3つの銀メダルを獲得するなど、多くの選手が活躍しました。Speakersにも、車い すバスケットボールの京谷和幸氏、射撃の鈴木ひとみ氏など、パラリンピックでの経験を世に伝えている講師が登録しています。

 

メダリストと主な入賞者(敬称略)
リオオリンピック、日本のメダル獲得数は史上最多の41個となりました。
           ◇      ◇
金メダル
体操(男子個人総合)内村航平
体操(男子団体)内村航平・加藤凌平・山室光史・田中佑典・白井健三
レスリング(女子フリースタイル48kg級)登坂絵莉
レスリング(女子フリースタイル58kg級)伊調馨
レスリング(女子フリースタイル63kg級)川井梨紗子
レスリング(女子フリースタイル69kg級)土性沙羅
競泳(男子400m個人メドレー)萩野公介
競泳(女子200m平泳ぎ)金藤理絵
柔道(男子73kg級)大野将平
柔道(男子90kg級)ベイカー茉秋
柔道(女子70kg級)田知本遥
バトミントン(女子ダブルス)髙橋礼華・松友美佐紀

銀メダル
陸上(男子4×100mリレー)山縣亮太・飯塚翔太・桐生祥秀・ケンブリッジ飛鳥
卓球(男子団体)水谷隼・丹羽孝希・吉村真晴
レスリング(女子フリースタイル53kg級)吉田沙保里
レスリング(男子フリースタイル57kg級)樋口黎
レスリング(男子グレコローマンスタイル59kg級)太田忍
競泳(男子200m個人メドレー)萩野公介
競泳(男子200mバタフライ)坂井聖人
柔道(男子100kg超級)原沢久喜

銅メダル
卓球(男子シングルス)水谷隼
卓球(女子団体)福原愛・石川佳純・伊藤美誠
テニス(男子シングルス)錦織圭
体操(男子・種目別跳馬)白井健三
陸上(男子50km競歩)荒井広宙
競泳(男子400m個人メドレー)瀬戸大也
競泳(男子4×200mリレー)萩野公介・江原騎士・小堀勇氣・松田丈志
競泳(女子200mバタフライ)星奈津美
ウエイトリフティング(女子48kg級)三宅宏実
柔道(男子60kg級)髙藤直寿
柔道(男子66kg級)海老沼匡
柔道(男子81kg級)永瀬貴規
柔道(男子100kg級)羽賀龍之介
柔道(女子48kg級)近藤亜美
柔道(女子52kg級)中村美里
柔道(女子57kg級)松本薫
柔道(女子78kg級)山部佳苗
バトミントン(女子シングルス)奥原希望
カヌー(男子スラローム・カナディアンシングル)羽根田卓也
シンクロナイズドスイミング(デュエット)乾友紀子・三井梨紗子
シンクロナイズドスイミング(チーム)乾友紀子・三井梨紗子・吉田胡桃・箱山愛香・中村麻衣・丸茂圭衣・中牧佳南・  小俣夏乃・林愛子

 

名選手・名指導者に学ぶ人気のテーマ
スポーツを通して得られる人生の喜びや厳しさを知るオリンピック経験者の言葉には、一流の努力、一流の勝負、一流の経験に裏付けられた重 みがあります。テレビ等を通じて伝えられてきた鮮烈な活躍ぶりが、その言葉に一層の説得力を与えます。Speakersでは、来るべき次 の五輪に向けて、モチベーションやチームワーク、リーダーシップや人材育成など、オリンピアン(五輪出場者)から学ぶべき人気のテーマを ご紹介いたします。

◆モチベーション◆

山本博山本博日本体育大学准教授

講演テーマ「諦めないで生きる方法20年かけて銅から銀へ~」

アーチェリーの第一人者。1984年ロサンゼルス五輪で銅メダル、2004年アテネ五輪で金メダルを獲得。

田中雅美田中雅美スポーツコメンテーター

講演テーマ「競技人生でつかんだもの」

競泳・平泳ぎでオリンピック3大会に出場。シドニー五輪では、女子400mメドレーリレーで銅メダル獲得に貢献。

柴田亜衣柴田亜衣アテネオリンピック 金メダリスト

講演テーマ「夢を持つことの大切さ」

五輪2大会に出場。2004年アテネ五輪800m自由形では、自由形で日本人女子初となる金メダルを獲得。

朝日健太

郎朝日健太郎元プロビーチバレーボール選手

講演テーマ「夢を叶える方法~オリンピックへの道のり~」

バレーボール日本代表として活躍後、ビーチバレーに転向。北京五輪では日本初の快挙となる勝利を記録した。

オリンピックは4年に一度という長い間隔で開催される為、その年に心身のコンディションを合せることは決して容易ではありません。誰 しもが憧れる夢の舞台であるからこそ、競争は厳しく、数々の試練がアスリートを待ち構えています。オリンピアン(五輪出場者)たちは、い かにしてその夢を実現させたのか。Speakers講師陣が、逆境に負けず、チャレンジを続け、失敗の後もひたむきに努力を重ねることの できたモチベーションの秘訣を語ります。

◆チームワーク◆

杉山愛杉山愛元プロテニスプレイヤー

講演テーマ「世界一のパートナー力」

オリンピックに4度出場。ダブルスの世界ランキング1位に君臨した「パートナー力」の秘訣を説き明かす。

城彰二城 彰二元サッカー日本代表FW

講演テーマ「勝利をもたらすチームワークとは」

アトランタ五輪ではエースストライカーとして出場し、優勝候補のブラジルを破る「マイアミの奇跡」に貢献。

田口壮田口壮野球解説者

講演テーマ「脇役力(ワキヂカラ)」

日米の球団で、「脇役」としてチームに貢献。プロアマ混合チームの一員として、シドニー五輪に出場した。

野田朱美野田朱美元サッカー日本女子代表

講演テーマ「個を活かすチームマネジメント」

1996年アトランタ五輪に主将として出場。現エースの澤穂希選手にエースナンバー「10番」を継承したカリスマ。

チーム競技・団体競技において、身体能力に秀でた海外選手と日本人選手が互角に渡り合うには、より優れたチームワークを発揮する他あ りません。スキルを磨いた個々人が互いの能力を引き出しあうことで、チーム力は高まります。様々な個性が集う組織はいかにして戦う集団と なり、勝てるチームとなってゆくのか。第一線で世界を相手にしのぎを削ったアスリートが、チームワークの極意を説きます。

◆リーダーシップ◆

古田敦也古田敦也スポーツコメンテーター

講演テーマ「優柔決断のすすめ」

トヨタ自動車時代にソウルオリンピック日本代表として出場。野茂秀雄氏らとバッテリーを組み、銀メダルを獲得。

東明有美東明有美元サッカーなでしこジャパン

講演テーマ「なでしこJAPANに見るリーダーシップのあり方」

日本女子代表として現代表の澤穂希選手らと共にアトランタ五輪、ワールドカップなど国際大会に多数出場。

高倉麻

子高倉麻子日本サッカー協会公認S級コーチ

講演テーマ「『キャプテン』に学ぶ!間に立つ人のリーダーシップ術」

なでしこJAPANの一員としてアトランタ五輪に出場。S級ライセンスを取得し、現在はU-17代表監督を率いる。

ヨーコ・ゼッタ

ーランドヨーコ・ゼッターランドスポーツキャスター

講演テーマ「不可能を可能に」

バルセロナ、アトランタ五輪にUSA代表として出場。逆境に強く、バルセロナではチームを銅メダルに導いた。

オリンピックという世界最高峰の舞台で結果を残すチームには、逆境に立たされてもなお精神的支柱となる絶対的なリーダーの存在が欠か せません。そうしたリーダーとフォロワーとの相互の信頼関係が結束を強固にし、チーム一丸となって、目標達成に邁進することができるので す。スポーツは勿論、ビジネス・経営の分野にも通じるリーダーシップのあり方について、Speakersの五輪経験者たちが指南します。

◆人材育成◆

宇津木妙子宇津木妙子元全日本女子ソフトボールチーム監督

講演テーマ「より良いチーム(組織)をつくるために」

五輪代表チームを率い、躍進に貢献。指導者として日本人初の国際ソフトボール連盟殿堂入りを果たす。

柳

本晶一柳本晶一元全日本女子バレーボール代表監督

講演テーマ「力を引き出す ―どん底から個人と組織を甦らせる」

低迷していた全日本女子バレーボールチームを見事に復活させ、2度のオリンピック出場へ導いた名将。

小出義雄小出義雄佐倉アスリート倶楽部株式会社 代表取締役

講演テーマ「夢・実現への挑戦」

バルセロナ・アトランタ五輪で有森裕子氏を連続メダルに、シドニー五輪で高橋尚子氏を金メダルへと導いた。



清原伸彦清原伸彦日本体育大学 名誉教授

講演テーマ「指導者は、どうあるべきか」

ロサンゼルスオリンピック水球日本代表監督。日体大の「集団行動」を指揮し、各種メディアで賞賛を浴びている。

名選手の陰に名指導者あり。小出義雄氏と高橋尚子氏、宇津木妙子氏と宇津木麗華氏、古賀稔彦氏と谷本歩実氏、栄和人氏と吉田沙保里氏 など、オリンピックでは、選手と指導者との師弟愛も、数々の印象的な場面を作ってきました。選手のモチベーションを保ちながら、その成長 を促し、時に周囲の批判から選手を守りながら、目標へと導いてゆく指導者の姿は、スポーツにとどまらず、教育やビジネス等に携わるすべて の人々に、多くの気づきを与えてくれます。

ソチ五輪 ・ 冬季五輪
ロシアのソチで開催された第22回冬季オリンピックが、2月23日に閉幕しました。2月7日からの17日間、様々な熱戦が繰り広げられ、多くのドラマが生まれました。 特に、フィギュアスケート・男子シングルの羽生結弦選手の金メダル獲得、16位スタートから大逆転した同・女子シングルの浅田真央選手の6位入賞、41歳で銀メダルに輝いたスキー・ジャンプの男子ラージヒル個人の葛西紀明選手や、惜しくも4位となったスキー・フリースタイル(女子モーグル)の上村愛子選手の活躍は、非常に印象深いものでした。
中でも、浅田真央選手の入賞には、日本だけでなく海外からも賞賛の声が寄せられました。ショートプログラム(SP)でのミスで、16位と大きく出遅れたものの、翌日のフリーでは、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を決めるなど、大逆転劇を演じた浅田真央選手。「オリンピックは結果がすべて」というならば、その結果とは何なのでしょうか。 最高の滑り、最高の演技でミスを挽回し入賞を果たした浅田真央選手が、応援する人たちに与えた感動は、金メダルを上回るプラチナメダル級の最高の結果といえましょう。 まさに、これこそがスポーツの醍醐味であり、オリンピックが世紀の祭典であるゆえんなのです。
Speakersでは、そんな感動の祭典を振り返り、様々な試練を勝ち抜くノウハウを示してくれる人を講演の講師に揃えました。
数多くの感動のシーンに触れながら、トップアスリートの力強い生き方を知り、目の前の壁を乗り越える方法を知りたい方にオススメです。

荻原次晴荻原次晴スポーツキャスター

講演テーマ「次に晴れればそれでいい」

兄 健司と共にスキーを始め、ノルディック複合で日本代表選手となりワールドカップに参戦。長野オリンピックでは個人6位、団体5位に入賞。引退後は、メディアや講演活動を実施。

八木沼純子八木沼純子プロフィギュアスケーター

講演テーマ「スケート・美容・健康などのトークショー」

美人スケーターとして人気を集め、現在はフィギュアスケート競技会の解説、テレビやラジオでのスポーツキャスター、 コメンテーターとしても活躍中。美容、健康、料理など多岐に渡るテーマでトークショーを実施。

勅使川原郁恵勅使川原郁恵元スピードスケート日本代表

講演テーマ「私のスケート人生」~夢を持つことの大切さ~

女子ショートトラック界のパイオニアとして、長野五輪、ソルトレイクシティー五輪、トリノ五輪と3度のオリンピックに出場。引退後は、ヘルスケアスペシャリストとして活動。

澤山璃奈

郎澤山璃奈プロフィギュアスケーター

講演テーマスポーツ・フィギュアスケート・夢についてのトークショー

スケートクラブは新横浜プリンスホテルFSC及び法政大学体育会スケート部フィギュア部門。高校生で全日本フィギュアス ケートジュニア選手権大会をアイスダンスで三連覇。

 

名場面フラッシュバック
世紀の祭典、首都で再び

 2020年の夏季オリンピックの開催地が、正式に東京に決定しました。1964年の東京大会から数えて56年ぶりに、再び首都東京で繰り広げられる世紀の祭典に、国民の期待も一気に盛り上がり、半世紀前とは趣を変え、新たな気持ちで開催に臨みます。  東京が開催地として評価されたポイントは、強固な財政力と世界に類を見ない良好な治安体制、高度に整備されたインフラ面、競技施設の集中による移動の簡便さなどです。  そして、メインスタジアムとなる国立競技場の建て替えについても進行中。昨年来、建築家の安藤忠雄氏が基本構想案を募集する国際コンペの審査委員長を務めており、採用案に基づいた新国立競技場が完成すれば、開閉式の屋根を備え、コンサートなども開催できる大規模収容施設となります。まさに、オリンピックで街のデザインがかわり、経済効果やメンタル面において、東京は言うに及ばす、日本全体がボトムアップするのです。

 

筋書きのないドラマだから本物の感動が得られる
 現在のオリンピックは、正式には近代オリンピックと称され、フランスのクーベルタン男爵が19世紀末に提唱。夏季オリンピック第1回は、 1896年にギリシャの首都・アテネで開催されました。  オリンピックの標語は「より速く、より高く、より強く」であり、勝つことではなく参加することに意義があるという精神を共有していまし た。そして、現在のようにプロの競技者が参加するのではく、あくまでアマチュアリズムが全面に溢れていました。  しかし、あらゆるスポーツ競技で目標とされるのは、表彰台に上ることで、オリンピックでもそれは変わることはなく、勝利を目指し、大き な栄光を掴むことは美しく素晴らしいことです。  全世界で最大にして最高のスポーツイベントで「サッカーのW杯と野球のWBCを別にすれば、世界選手権でメダルを獲得しても、喜ぶのは競 技のファンと関係者だけ。オリンピックでメダリストになってこそ、国民全体から祝福される」とする評価も少なくなく、オリンピックで獲得 するメダルが、いかに重たいものであるかを物語っています。  そして、そこには大きな感動が生まれます。競技者だけでなく、それを応援・観戦している多くの人にも感動を与えてくれますが、競技者は 、誰かを感動させるために、練習に励み、試合に臨んでいるわけではありません。努力を重ね困難を乗り越えたプロセスが生み出す、筋書きの ないドラマだからこそ、多くの人たちを感動させる結末が用意されてしまうのです。  しかし、「作為性がないからこそ、その感動に真の値打ちがある」という人にとって、アスリートが勝利し歓喜している姿は、大いなる喜び であり、日々の励みであり、人生の希望になるのです。  Speakersでは、(2度目の東京オリンピック開催に伴い)、オリンピックで活躍した人たちの講演をお届けします。そこで繰り広げられた名 勝負や生まれた名言、勝利に至るまでの歩み、選手にまつわる様々なエピソードを知れば、その感動は何よりも得がたい財産となります。ぜひ 、Speakersの講演をご利用ください。

 

Ⅰ.1964東京大会 国際社会への本格復帰を目指し、名勝負を展開
 国内で開催された前回の夏季大会である1964年の東京オリンピックの背景には、敗戦から奇跡的な復興を遂げた日本が、国際社会の主要国家 として、再び認められるための象徴的式典としなければならない事情がありました。  1940年には、夏季の東京大会、冬季の札幌大会が予定されていた日本でしたが、日中戦争の戦時体制下であったことなどを理由に開催権を返 上していた事情もあるため、なんとしても夢を実現させたかったのです。  さらに、日本を含むアジア地域において初めてとなる開催で、同時に有色人種国家におけるオリンピックとしても初開催となるなどのエポッ クメイクな大会でもあり、国民のオリンピックにかける思いは並々ならぬもので、多くの実績を挙げることで、日本の威信を取り戻そうとしま した。  そうした期待に包まれて、1964年の東京大会は、10月10日昭和天皇の開会宣言のもと、華々しく幕開けしました。  国民の視線は、メダル獲得の可能性が高い、いわゆる「お家芸」とされる競技に注がれました。オリンピックにおける日本の「お家芸」とい えば、夏季大会の柔道、体操、バレーボール、レスリング、マラソン、水泳など、冬季大会のスキージャンプ、フィギュアスケートなどが知ら れています。近年は、野球、ソフトボールなども、オリンピック種目となってから、「お家芸」としての注目度がアップしてきました。  1964年の東京大会では、日本は、数々の名勝負を繰り広げ、金16、銀5、銅8の計29のメダルを獲得します。そのなかでも、「お家芸」たる女 子バレーボール決勝、柔道無差別級決勝、男子マラソンは、名勝負であるだけでなく、まつわるエピソードも含めて極めて印象深い闘いとなり ました。

① 魔女の"魔法"が欧米選手を翻弄
1961年の欧州遠征で22連勝した日紡貝塚女子バレーボールチームは、「鬼」と呼ばれた大松博文監督の指導のもと、回転レシーブや変化球サー ブを編み出し、体格を上回る欧米選手たちを翻弄。その華麗なコートテクニックから「東洋の魔女」の異名をとりました。  1964年の東京大会では、女子バレーボールが正式種目となり、日紡貝塚女子バレーボールチームのメンバーを主体としたチーム編成で全日本 選手団と して出場。そのため、「東洋の魔女」は、同選手団のニックネームとしても使われ、多くの国民に親しまれることになります。  魔女たちは、決勝までの5試合で1セットを落とすのみで、圧倒的な強さを発揮しながら、10月23日に、全勝同士でソ連との優勝決定戦に臨み ます。3セット目で14対9のマッチポイントを握った場面からソ連の猛追がはじまるも、最後はソ連の選手のオーバーネットによる反則により、 魔女たちは金メダルを獲得することになります。  大人と子どもほどの体格差をテクニックでカバーし、欧米選手へのコンプレックスを吹き飛ばしてくれた魔女たちの優勝シーンは、まさに東 京オリンピック最大の見せ場といっても過言ではないでしょう。  プロレスの力道山選手が、大柄な欧米選手を空手チョップでなぎ倒していく姿によって、日本人の誰もが感じていた敗戦による欧米人コンプ レックスが吹き飛ばされていったものですが、今回の魔女たちの活躍でも、同じカタルシス作用が発揮されました。

② 日本柔道敗れて「国際柔道」の誕生
1964年の東京大会で競技種目となった柔道ですが、開催国発祥の競技であり、スポーツではなく日本古来の武道に由来する競技でもあるため、 「他の競技で負けても、柔道だけは負けてはならない。全員金メダル獲得だ」と、ナショナリスティックな期待が日本全体を包んでいました。  しかし、国民の期待はもろくも打ち砕かれることになります。 10月23日、柔道無差別級決勝戦で、日本代表の神永昭夫選手は、オランダ代表のアントン・ヘーシンク選手に9分22秒袈裟固一本で下して金メ ダル獲得を逸します。  柔道は「柔能く(よく)剛を制す」を目指す武道であり、体重無差別こそ柔道の王道という空気が漂っていた当時、肝心の無差別級で大柄な 外国人に体格で劣る日本人が組み伏せられて破れた衝撃は、日本国民にとって計り知れないものでした。 女子バレーボールチームの金メダル獲得の感動とは裏腹に、「やはり、体力差はどうしようもないのか」と、日本人の欧米人コンプレックスを 思い知らされた瞬間でした。  敗れた神永選手は、その瞬間、茫然自失に陥っていたともいわれています。しかし、ヘーシンク選手は、歓喜あふれて土足で畳に上がろうと した関係者を制し、「礼に始まり礼に終わる」という柔道の精神を体現してくれました。  初めて競技種目となった開催国での敗北であるため、日本人の失望感は多大なものでした。しかし、もし神永選手が優勝していたら、柔道は 日本のお家芸には違いはないものの、他の武道同様に、一地域の競技とみなされ、国際的なスポーツとなる道は遠くなったとされています。  元々一度きりの参加予定であった柔道は、皮肉にも西洋人無差別級のヘーシンク選手の金メダル獲得により、オリンピックで認知され、世界 的な普及を成し遂げるのです。

③ 挫折から立ち直れなかった悲劇のヒーロー
近年の陸上競技では、短距離走や投てきなどの種目でも、記録を残しメダル獲得を果たす選手が見られるようになりましたが、1964年の東京大 会当時は、瞬発力が問われる競技において、日本人は芳しい活躍をしていませんでした。  反面、持久力を問われる長距離走などでは、メダル獲得の期待ができる選手も多く、特にマラソン競技は、オリンピックの華であることもあ り、多くの国民が注目しました。  しかし、この大会で最も注目されていた選手は、1960年のローマ大会で、2時間15分16秒2という世界最高記録で優勝しているエチオピアのア ベベ・ビキラ選手でした。  アベベ選手は、ローマ大会直前に、自分に合う靴がないという理由から裸足で走ることを決意。しかしながら世界記録で優勝し、ゴール後も 「まだ20kmぐらい走れる」と語る整然とした姿から、裸足の哲人と称されました。  そんなアベベ選手に対抗すべく、日本のマラソン選手たちにも多くの期待が寄せられました。そのなかで、代表の一人円谷幸吉選手は、銅メ ダルを獲得する偉業を果たします。しかし、円谷選手は、栄光を掴むも、その後の挫折から立ち直ることができず、悲劇の最期を遂げた伝説の ランナーとなります。 10月21日に行われた男子マラソンでは、円谷選手はそれまでの経験の少なさゆえ注目されていなかったものの、他の選手が脱落するなか、必死 に上位にとどまり、自己ベストとなった2時間16分22秒8で3位となり、銅メダルを獲得します。  金メダルは、2時間12分11秒2という世界記録で、史上初のオリンピック2連覇を果たすアベベ選手が獲得しますが、円谷選手の銅メダルは、 同大会で日本の陸上競技が獲得した唯一のメダルであり、国立競技場で日の丸が掲揚されたのは円谷選手のみでした。まさに、円谷選手によっ て日本陸上界は救われたといってもよいでしょう。  しかし、その後は決して恵まれた歩みをすることはありませんでした。トレーニングのオーバーワークによる腰痛から椎間板ヘルニアを発症 。手術を受け病状は回復するも、かつてのような走りをできなくなったため、将来を悲観した円谷選手は、1968年1月9日、所属する自衛隊体育 学校の宿舎の自室にて27歳の若さで自ら命を絶ってしまうのです。  1964年の東京大会で、日本の陸上界の面子を一人で支えたヒーローの惨事は、日本のスポーツ史に残る最大級の事件となりました。これを機 に、日本オリンピック委員会や一部競技統括団体では、アスリートに対するメンタルサポートやメンタルヘルスケアの重要性を認識するように なり、適切な処置を施すようになります。  まじめで責任感が強い好青年の円谷選手は、その性格が災いし、自らを追い込み、悲劇につながったとされています。  1964年の東京大会の光と影を象徴するかのような出来事として、未だに多くの国民の記憶に残っています。

 

Ⅱ.オリンピックの名勝負
① 本当は右足を攻めていた?― 柔道 山下・ラシュワン戦
 1964年の東京大会で、オリンピックは日本国民にとって身近なものになり、4年に一度の世紀の祭典で日本選手が繰り広げる様々な名勝負に 、心躍らせるようになります。  1968年のメキシコ大会以降も様々な名勝負が展開されますが、中でも印象に残っているのが、1984年のロサンゼルス大会で、男子柔道無差別 級で金メダルを獲得した山下泰裕選手と、決勝で対戦したエジプトのモハメド・ラシュワン選手との一戦です。 山下選手が唯一出場したのが、1984年8月のロサンゼルス大会でした。それまでの世界選手権では、95kg超級、無差別級で4つの金メダルを獲 得しており、その強さは群を抜いた存在でした。  しかし、大会当日に山下選手はトラブルに見舞われます。2回戦で西ドイツのアルトゥール・シュナーベル選手と対戦した際、軸足の右ふく らはぎに肉離れを起こしてしまうのです。  痛みをこらえながら、続く準決勝では、フランスのデル・コロンボ選手と対戦します。「効果」を取り気持ちに油断が走ったコロンボ選手の 隙をつき、大内刈りと横四方固めの合わせ技で逆転に成功。そして、決勝戦でラシュワン選手と対峙します。強気で攻めてくるラシュワン選手 の攻めに対し、冷静に押さえ込み横四方固めで一本勝ちとなり、すべて一本勝ちでの金メダルを獲得します。  ラシュワン選手が、試合中に山下選手の右足を狙わなかったフェアプレー精神が称えられました。しかし、実際には、ラシュワン選手は意図 的に山下選手の右足を狙わなかったわけではなく、右払い腰を仕掛けてきたときに、山下選手の右足を攻めています。  山下選手はその攻撃を捌いて勝利しており、相手の弱いところを攻めて勝つのが勝負師の常道で、山下選手も同様の行動をとることを認めて います。表彰台の中央に上ろうとする足を痛めている山下選手に、ラシュワン選手が手を差し伸べた姿が賞賛されたのは、ラシュワン選手の姿 勢を、山下選手も正々堂々としている評価しているからです。  この勝利をもって、山下選手は、1985年6月の引退時まで、全日本柔道選手権での9連覇も含む203連勝を樹立し、外国人選手相手には、116 勝3引き分けで、まさに負け知らずでした。ロサンゼルス大会後には、その功績を讃えられ、柔道家として初めて国民栄誉賞を受賞しています 。  「右足を狙わなかった」は多くの日本人の誤解であるかもしれませんが、あの試合が大きな感動を呼んだのは、弱いところを集中攻撃したわ けではなく、あくまで正面から勝負に出たラシュワン選手の姿に、多くの日本人は潔さを感じたからです。

② 国民栄誉賞の金メダルを支えた二人三脚 マラソン女子 高橋尚子・小出義雄監督
 「Qちゃん」の愛称で親しまれた女子マラソンの高橋尚子選手は、2000年のシドニー大会で、日本女子陸上界に初の金メダルをもたらします 。 18km付近で先頭集団を抜け出しスパートし、26km辺りからルーマニアのリディア・シモン選手とデッドヒートを展開。34km過ぎで一気にシモン 選手を突き放し、そのまま逃げ切り、悲願の優勝を果たします。またゴールタイムの2時間23分14秒は、16年ぶりにオリンピック最高記録を更 新し、その功績が称えられ同年10月30日に国民栄誉賞を授与されます。  スポーツ選手に贈られる国民栄誉賞は、長年の実績を評価して授与されるものがほとんどで、一度の勝利で国民栄誉賞を受賞したのは、高橋 選手と2011年のサッカー日本女子代表「なでしこジャパン」だけであり、その勝利が画期的でインパクトが高く、感動的であったかを物語って います。  そして、高橋選手の金メダル獲得は、名伯楽と謳われた小出義雄監督の指導を抜きに語ることはできません。  ほめて育てる育成法で知られ、選手が負けてしまったとき「おまえが悪いんじゃない、監督が悪いんだ」と慰めるためにゴールに立っている というほど、アスリートの自尊心と自主性を尊重しています。  赤ら顔でインタビューを受けているのは酒を飲んでいるためとされ、高橋の金メダルを確信した瞬間に早々と祝杯をあげてしまい、ゴール地 点や祝勝会に参加できなかった等のエピソードは数知れません。  しかし、その豪放磊落な性格こそが、高橋選手を伸び伸びと育て上げた最大の秘訣とされており、高橋選手と並んでメディアに登場する姿は 、実の親子以上の絆を感じさせ、金メダル以上の値打ちある二人三脚の師弟関係で多くの感動を呼び起こしたのです。

 

Ⅲ オリンピックの名言
① 「今まで生きてきた中で、一番幸せです」 岩崎恭子
近代オリンピック史上、最初に日本国民に大きな感動を与えてくれたのは、1936年のベルリン大会で、競泳女子200m平泳ぎに出場し、日本人女 性としてオリンピック史上初の金メダルを獲得した前畑秀子選手です。  ナチス体制下のドイツで開かれたベルリン大会において、ドイツ代表のマルタ・ゲネンゲル選手と終盤にデッドヒートを展開。1秒差で見事 勝利し、その様子を実況していたNHKアナウンサー河西三省氏は、興奮のあまり途中から「前畑ガンバレ!前畑ガンバレ!」と20回以上も絶叫し 、放送史上に残る名セリフとなりました。  それから56年後の1992年のバルセロナ大会で、同じ競泳女子200m平泳ぎで「今まで生きてきた中で、一番幸せです」という名言が生まれます 。同競技で金メダルを獲得した岩崎恭子氏が、勝利後のインタビューで発した言葉です。  当時14歳の少女が放った感想は、言葉自体は決して気が利いた言い回しなどではありません。しかし、この世に生を受けてから14年という短 い人生を考えれば、これほどストレートで素晴らしい言葉はないといっても過言ではないでしょう。優勝候補の選手が「キョウコ・イワサキ、 フー?」と叫んだほど、メダリストとして期待されていなかったため、その勝利に自分自身が一番驚き、その後こみ上げてきた喜びを最も端的 に表す言葉として、最高のものでした。  記録は2分26秒65で、当時の五輪新記録であり、自己の生涯ベスト記録でもあります。 前畑選手以来の快挙であるだけでなく、競泳では史上最年少(14歳6日)の金メダル獲得で、日本選手としてのオリンピックメダル獲得でも最 年少記録でもあります。  その勝利がいかに大きなものであり、同じオリンピックで団体銅メダル、個人床銀メダルを獲得した体操競技の池谷幸雄氏から「明日から人 生が変わるよ」といわれ、獲得した勝利がいかに大きなものであるかを実感するのです。

② 「自分で自分をほめたい」 有森裕子
1992年のバルセロナ大会で、女子マラソン代表の有森裕子選手は、銀メダルを獲得します。日本女子陸上競技界では、1928年のアムステルダム 大会で女子800m銀メダルに輝いた人見絹枝選手以来、64年ぶりの快挙となります。  さらに、1996年のアトランタ大会の代表にもなり、30Km地点で2位集団を抜け出してスパート。3位で陸上競技場へ入り、4位のカトリン・ド ーレ選手にゴール直前で追い上げられるも、6秒の差で逃げ切り、見事銅メダルを獲得します。オリンピック2大会連続のメダル獲得は、日本女 子陸上界初の快挙で、まさにパイオニアといえる存在です。  ゴール後のインタビューで「メダルの色は、銅かもしれませんけれども、終わってから、なんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはし たくなかったし、今回はそう思っていないし、初めて自分で自分をほめたいと思います」と、涙ながらに語った姿は、多くの国民に感動を呼び 、「自分で自分をほめたい」は、その年の流行語大賞にも選ばれます。  搾り出すようにつぶやいた背景には、バルセロナ大会後に、ケガや人間関係に悩まされスランプに陥ったことが思い出されたためです。 何故走り続けるのかと懐疑的になり、自分に問いかけることが続いたことが大きく、もがき苦しんだ末、1994年に踵の手術成功をきっかけに走 る意欲を取り戻し、アトランタ大会に出場を果たすことになります。  その結果獲得した銅メダルであり、まさに、勝利の感動は苦悩の産物であることを表した言葉であり、多くの国民が共感したのです。

③ 「チョー気持ちいい」「何も言えねえ」 北島康介
 男子平泳ぎの北島康介選手は、2004年のアテネ大会並びに2008年の北京大会で、それぞれ100m平泳ぎ、200m平泳ぎの金メダルに輝いています 。  オリンピック以外でも、2001年7月の第9回世界水泳福岡大会の男子200m平泳ぎで銅メダル獲得を皮切りに、個人、団体を問わず、数々のメダ ルを獲得。まさに、いわずと知れた日本水泳界の至宝です。  アテネ大会男子100m平泳ぎで1分00秒08の記録で金メダルを獲得後のインタビューで放ったコメント「チョー気持ちいい、鳥肌ものです」は 、この年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれています。  北京大会男子100m平泳ぎで、人類史上初となる59秒の壁を破る58秒91の世界新記録で金メダルとなり「世界記録を出し、金メダルを獲得する 」という公約を果たします。  そして、ゴール後のインタビューでは、喜びの涙ながらに搾り出した「何も言えねえ」も、この年の新語・流行語大賞にノミネートされます 。 アテネ、北京と2大会連続で、100m、200mという2種目制覇は日本人初で、平泳ぎで成し遂げたのは世界初の快挙でした。  「チョー気持ちいい」「何も言えねえ」も、シンプルでストレートな表現ですが、これら偉業を成し遂げた後に、これほど相応しい言葉はな いでしょう。北島選手は、インタビューでメディアを見ている人たちを、意図的に感動させようとは微塵も思っていなかったはず。まさに、一 切の作為も工夫もない言葉こそ、大きな感動を呼び起こすのです。  ちなみに、2012年のロンドン大会では、個人のメダル獲得はならずも、メドレーリレーでは銀メダルを獲得し3大会連続のメダル獲得となり ます。 レース後のインタビューで、バタフライの松田丈志選手が「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」と他のメンバーと決意したことを 語り、日本競泳界の象徴でもある北島に対する思いが感動の渦を巻き起こし、この年の新語・流行語大賞にノミネートされトップテンに選ばれ るのです。

 

Ⅳ 招致でぶつかりあう利害関係
オリンピックは、サミットなどの国際会議同様、外交的な意味合いが強い国家イベントであり、4年に一度、スポーツを通じて国と国との結び つきを深め、世界平和を推進することを目的としております。  一方で、オリンピックがもたらす建設投資や観光収入などの数兆円規模の莫大な経済効果も、景気浮揚の起爆剤となるため、それを念頭に置 いた、オリンピック招致合戦が展開されていると指摘されています。同時に、1984年のロサンゼルス大会以降、主催国がスポンサー獲得へ奔走 する商業主義が顕著になり、オリンピック自体が高い興行収入が見込めるショービジネスにもなってしまいました  そのため、招致活動に際しては、多くのステークホルダーの利害が渦巻き、国家やスポンサーとなる企業同士の思惑の調整に、スポーツの国 際大会実施に関するコーディネーターを務めてきた桜美林大学副学長・諸星裕氏らの専門家が腐心することになります。  もちろんIOCの倫理規約は、いかなる直接的なロビー活動も禁じています。そのため、各国の招致委員たちは、旅先でIOCメンバーに偶然出会 ったように偽装するなど、手段はどんどん巧妙化しています。IOCメンバーが集まるパーティには、有名芸能人やプロスポーツ選手、果ては国 家元首クラスの人物まで動員して「ホスト」役を務めるなど、なりふり構わないやり方を展開しています。  確かに、招致活動の動機には多くの思惑は秘められていますが、それでもオリンピックは、人類共通の大いなる夢の象徴と言っても過言では ありません。スポーツに励まされ、人生に必要な多くの糧を得た人たちにとって、オリンピックは、その学びを証明する晴れ舞台なのです。  招致活動という種は、泥の中から咲く蓮の花ではありませんが、大いなる夢の花を咲かせ、多くの国民を励ます実になるのです。そして、こ の種まきは、多くの人の夢を包み、永遠に受け継がれていくのです。

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オリンピック
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栄和人文部科学省委託 JOCナショナルコーチ

出身地:鹿児島県

講演テーマ

「常に向上心 金メダルにタックル!」
「オリンピック3連覇への道」

<プロフィール>日本の女子レスリング界の名伯楽。吉田沙保里氏を肩車する姿は日本中に感動を呼ぶ。様々な現場や局面で生かすことの出来る指導法を講話。

清原伸彦「集団行動」監督/日体大名誉教授

出身地:大分県

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「なぜ、今集団行動なのか~真心とは~」

<プロフィール>日本体育大学水球部監督時代 21年間無敗で376連勝という前人未到の記録を樹立 学生選手権31回・日本選手権32回の優勝に導き、チャンピオンチームの監督として指導力を発揮。

原晋青山学院大学陸上競技部監督

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『サラリーマンの大逆転~箱根駅伝優勝までの道のり~』 

<プロフィール>中国電力で「伝説の営業マン」として活躍後、2004年に青山学院陸上競技部の監督に就任。2015年、同校を箱根駅伝初優勝に導いた名将。

宇津木妙子元 全日本女子ソフトボールチーム監督

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「夢の実現~努力は裏切らない~」

<プロフィール>全日本女子ソフトボール監督として、シドニー五輪で銀メダル、アテネ五輪で銅メダルを獲得。現在は、親子キャッチボールキャラバンの実施等、競技の普及に尽力している。

古田敦也スポーツコメンテーター

出身地:兵庫県

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「選手として、監督として」

<プロフィール> ヤクルト一筋で名球界入りした野村ID野球の申し子。プレイングマネージャー時代の「代打 俺」はあまりにも有名。

古賀稔彦柔道家

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「人生の教科書」
「自分で問題解決できる選手を育てる」

<プロフィール>豪快な一本背負投が得意技であることから「平成の三四郎」と呼ばれる。バルセロナ五輪での大怪我を負いながら金メダル獲得は日本に感動を呼ぶ。

岩崎恭子バルセロナ五輪金メダリスト

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「幸せはいつも自分でつかむ」

<プロフィール>バルセロナ五輪200m平泳ぎで14歳で金メダルを獲得。現在は水泳の指導、メディア出演、講演などで活躍。

宮下純一・北京オリンピック 競泳メダリスト

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「出会いに感謝~思い続けたオリンピック~」
「2020年 東京にオリンピックがやってくる」

<プロフィール>北京オリンピック競泳男子100m背泳ぎ準決勝で53.69秒のアジア・日本新記録を樹立、 決勝8位入賞。同400mメドレーリレーでは日本チームの第1泳者として、銅メダルを獲得。現在はスポーツキャスターとして活躍中。

荻原次晴スポーツキャスター

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「次に晴れればそれでいい」

<プロフィール> 双子の兄健司と共にスキーを始め、切磋琢磨しながらノルディック複合で日本を代表する選手に。元気でユーモアのあるトークで、講演会場を魅了します。

武田美保シンクロスイマー

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講演テーマ

「夢を追いかけて」
「目標達成に対する行動の明確化と思考法」
「世界を目指す 究極のチームワーク・リーダーシップ」

<プロフィール> アトランタ、シドニー、アテネの3つのオリンピックで、銀・銅合わせて5つのメダルを獲得。2013年には教育再生実行委員に就任。教育問題についても講演を行う。

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眞鍋政義眞鍋政義元全日本女子バレーボール代表監督

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「メダル獲得に向けた女子バレーの秘策」
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