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京谷和幸
(きょうやかずゆき)

車いすバスケットボール男子日本代表アシスタントコーチ/元Jリーガー

91年にジェフ市原とプロ契約。
93年Jリーグ開幕半年後に交通事故で脊髄損傷、車椅子生活になる。
リハビリの一環として車椅子バスケットボールを始めるが、その躍動感・充実感を知ることとなる。
94年に千葉ホークスに入り、車いすバスケ選手としてスタートを切る。
00年シドニーパラリンピック、04年アテネパラリンピック、08年北京パラリンピックの日本代表選手となる。
北京では、日本選手団の主将も務める。

 

09年春、自身の実話が映画化された「パラレル」が公開された。2011年7月より、これまでのパラリンピアンとしての功績、講演活動による教育現場への貢献が評価され、千葉県教育委員会教育委員に就任し、活躍の場を広げている。

主な講演テーマ

「感謝」

~その出会いに対して、感謝の気持ちを持つことで、 また新たな出会いが訪れます ~

 

出会いに対して、感謝の気持ちを持つことで、また新たな出会いが訪れるのです。
感謝できない人間には、マイナスの出会いが訪れ、感謝できる人間には、プラスの出会いが訪れます。
「感謝」こそ、夢を実現するための、最強にして「最幸」のアイテムだと京谷氏は言います。

 

「夢」

~夢を持った行動した瞬間から「夢」は「目標」に変わります~

夢を持つことは、年齢や性別、障害があろうとなかろうと、誰しもが持っていいもの。
京谷氏はどんなときでも、夢を持ち続けて生きて来ました。
プロサッカー選手になりたい、パラリンピックに出場したい、そして・・・。

 

夢に向かって行動を起こした瞬間から、夢は目標に変わること。まずは、ウキウキワクワク するような、夢を見つけてみませんか人生、今まで以上に楽しいものになると思います。

 

「出会い」

出会い・夢・感謝。
それがぼくを強くする。
ぼくを先へと進ませる。
Jリーグ発足から半年、ジェフ市原、期待のミッドフィルダー京谷和幸は、交通事故で脊髄を損傷。車いす生活となる。
失意のリハビリ生活の中で出会った車いすバスケットボールで、3度のパラリンピック出場を果たした京谷和幸の「いま」を追う。

ここがオススメ!

京谷和幸氏はJリーグ・ジェフ市原に所属するプロサッカー選手で、現在は車いすバスケットボールのパラリンピック選手として活躍。
2000年シドニー大会、2004年アテネ大会、2008年北京大会と3回連続して日本代表として出場しています。

 

京谷氏はJリーガーとして活躍した1年目の11月に交通事故に遭遇。
下半身の機能を失ってしまいます。
その後は車いす生活を余儀なくされ、サッカー選手として、将来を絶望したとしています。
リハビリ目的で「車いすバスケットボール」を開始。
当初は、これまでと勝手が違う競技に挑む戸惑いと、車いすを操作するもどかしさに悩まされていましたが、長女の誕生とともに子供に誇れる父親になることを決意。

2004年9月には、週刊ヤングジャンプに京谷氏を主人公とした『轍-京谷和幸物語-』が掲載。
2009年3月には京谷氏をモデルに描いた映画『パラレル』が公開されています。

 

夢や目標を決めるのは、最終的には自分自身。
様々な出会いや人の助けを借りて、突き進む過程で得るものが人の成長となるといいます。
目標を達成し次の目標を目指す繰り返しの中で、人は成長し続けることが出来ることを示してくれます。

 

不幸に見舞われても人は必ずそれを乗り越え立ち直ることができる。
周りの人が必ず支えてくれる、失ったものの代わりに大きなものを得ることができるという、勇気、励ましをもらうことができる講演です。

主な経歴

北海道室蘭市出身。
小学校2年からサッカーを始め、高校生の時にバルセロナ五輪代表候補となる。
89年室蘭大谷高校から90年古河電気工業株式会社に入社。
91年にジェフ市原とプロ契約。
93年Jリーグ開幕半年後に交通事故で脊髄損傷、車椅子生活になる。

 

リハビリの一環として車椅子バスケットボールを始めるが、その躍動感・充実感を知ることとなる。
94年に千葉ホークスに入り、車いすバスケ選手としてスタートを切る。00年シドニーパラリンピック、04年アテネパラリンピック、08年北京パラリンピックの日本代表選手となる。
北京では、日本選手団の主将も務める。

 

4大会連続出場となる2012年ロンドンパラリンピックでは、悲願のメダル獲得を目指す。
09年春、自身の実話が映画化された「パラレル」が公開された。2011年7月より、これまでのパラリンピアンとしての功績、講演活動による教育現場への貢献が評価され、千葉県教育委員会教育委員に就任し、活躍の場を広げている。

 

競技以外の場面では、インテリジェンス(人材総合サービス業)提供の障がい者専門人材サービス事業にて、自身の経験や視点を生かし、企業や個人に向けたアドバイスを行う”障がい者リクルーティングアドバイザー”として活動するとともに、障がい者スポーツを多くの人たちに広めたいと「夢」「出会い」「感謝」をテーマに全国で講演会を行い、車いすバスケットボール教室なども積極的に行っている。

主な著書

『車椅子バスケのJリーガー~4度目のパラリンピック日本代表選手を目指して~』

 

車椅子バスケの日本代表選手であり、人気漫画「リアル」のモデルでもある京谷和幸さん。
Jリーガーだった彼の交通事故による挫折をともに乗り越えた妻・陽子さんとの感動ラブストーリー。

 

車椅子バスケットのプレイヤーとしてシドニー、アテネ、北京のパラリンピック3大会連続日本代表選手となり、北京では日本選手主将も務めた京谷和幸さん。
また、映画「パラレル」では、妻・陽子さんとともに夫婦で主人公モデルとなった。

 

元Jリーガーでジェフ市原のMFとして活躍していた京谷さんは、Jリーグ開幕の1993年、交通事故により脊髄損傷、下半身不随という傷を負い、車椅子生活となった。
事故当時、婚約者だった妻・陽子さんは結婚を望み、事故10日後に入籍。

 

Jリーガーの栄光から奈落の底に落とされた和 幸さんを献身的にサポート。
その後、1男1女にも恵まれ、事故から16年たった現在の京谷さんの活躍を常に「いちばん近いサポーター」として支え続けてきた。

 

この本は、2人の出会いから恋愛、事故、車椅子バスケとの出会い、出産、これからの希望を描きつくした感動の夫婦ラブストーリー。
夫婦だから、家族がいるから、ここまでがんばれる!と思われてくれる1冊。

 

『車椅子のJリーガー~いま僕はシドニー・パラリンピックの日本代表~』

もと、Jリーグ・ジェフ市原のミッドフィルダー。交通事故で引退。2000年、車椅子バスケットの日本代表選手として、シドニー・パラリンピックに出場。
夫婦で語る、その道のり。

 

『車いすバスケで夢を駆けろ~元Jリーガー京谷和幸の挑戦~』

(著)京谷和幸・陽子
もと、Jリーグ・ジェフ市原のミッドフィルダー。交通事故で引退。
2000年、車椅子バスケットの日本代表選手として、シドニー・パラリンピックに出場。
夫婦で語る、その道のり。

 

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