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私は大阪府の公立中学校で20年近く勤務し、現在は特別支援学級の担任をしています。そして私自身も発達障害の当事者です。現在はASD(自閉スペクトラム症)の診断を受け、精神障害者保健福祉手帳を所持しています。また、発達障害当事者会「キラキラかなおかムーン」を運営し、当事者や家族、支援者が気軽に集まれる場づくりにも取り組んでいます。こうした活動をしていると、「発達障害があっても先生になれるのですか?」,「働き続けることはできますか?」という質問をよく受けます。私はいつも、「もちろんできます」と答えています。ただ、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
「少し変わった子」だった子ども時代

今振り返ると、私は子どもの頃から発達特性の強い子どもでした。忘れ物は日常茶飯事で、給食で余ったパンを机の中に入れたまま忘れ、夏休み前にカビだらけになったパンが見つかったこともあります。また、一人で過ごすことを好む子どもでした。
当時は発達障害という考え方が今ほど広く知られておらず、「少し変わった子」として過ごしていました。しかし私は教師になる夢を持ち、その夢をかなえて教員になりました。だからこそ今、私は支援が必要な子どもたちにも伝えたいのです。「困りごとがあっても、夢をあきらめなくていい」と。
教師になってから感じた生きづらさ
教員になれば悩みはなくなると思っていました。しかし実際には違いました。授業づくりや生徒との関わりにはやりがいを感じていましたが、人間関係では苦労することが少なくありませんでした。良かれと思って伝えたことが誤解されたり、相手の意図を読み違えたり、「空気を読む」「根回しをする」といったことがうまくできなかったりしました。結果として体調を崩し、私は二度,病気休暇を取得しました。当時の私は、「なぜ自分は他の先生のようにできないのだろう」と自分を責めていました。
教師だった私が、発達障害の診断を受けるまで
転機になったのは、発達障害について学んでいたときでした。私は支援が必要な生徒のために発達障害について勉強していました。その中で読んだ本に衝撃を受けたのです。「これは生徒のことではない。私自身のことが書かれている」そう感じました。その後、心療内科を受診し、ASDの診断を受けました。ところが私は診断を素直に受け入れることができませんでした。子どもたちに「障害があっても大丈夫」と伝えていた私も、診断には大きなショックを受けました。そして同時に,「自分は障害理解をしているつもりだったのに、実は理解できていなかったのではないか」という事実にも気付かされました。診断後の半年から一年ほどは苦しい時期でした。

私を救ってくれた場所
そんな私を支えてくれたのが発達障害当事者会でした。初めて参加するときは緊張しました。しかし実際に参加してみると、そこには私と同じような悩みや経験を持つ人たちがいました。そこで私は少しずつ自分自身を受け入れられるようになりました。そして,「今度は自分が支える側になりたい」と思うようになりました。 その思いから立ち上げたのが発達障害当事者会「キラキラかなおかムーン」です。
発達障害があったからこそ見えたこと
診断を受けたことで、教育に対する考え方も大きく変わりました。以前の私は、「どうすればできるようになるのか」という視点で子どもを見ていたように思います。しかし今は、「なぜ困っているのだろう」という視点を大切にしています。学校にはさまざまな困難を抱える子どもたちがいます。その背景には本人なりの困り感が隠れていることが少なくありません。だから私は、「困った子」ではなく「困っている子」として子どもたちを見るようにしています。
ロールモデルとして伝えたいこと
発達障害の診断を受けた当初、私は自分自身を受け入れることができませんでした。しかし、当事者会での出会いや多くの方々との関わりの中で、「発達障害があっても働くことができる」「発達障害があっても社会の中で役割を持つことができる」ということを実感しました。現在、支援学級には将来への不安を抱えている生徒が少なくありません。そんな不安を抱える子どもたちに対して、私は教師として言葉で励ますだけではなく、自分自身の姿を通して伝えたいと考えています。発達障害があっても学び、働き、地域で役割を担うことができる。そのことを私自身が示すことで、生徒たちに将来への希望を持ってほしいと思っています。近年は講演活動や執筆活動にも取り組んでいますが、それらも同じ思いからです。
私の活動が、今まさに悩みを抱えている子どもたちや保護者の方々だけでなく、多様性のある社会づくりを目指すすべての人へのエールになればと願っています。
おわりに
現在、私は中学校教員として働く傍ら、発達障害当事者会の運営や講演活動を行っています。講演では、「発達障害当事者としての経験」、「教師として働き続けるための工夫」、「学校現場での支援実践」、「保護者との関わり」、「自己理解と自己受容」、「多様性を認め合う社会づくり」などについてお話します。
発達障害の診断を受けたことで、私は「自分を変えること」よりも「自分を理解すること」の大切さを学びました。子どもたちにも、大人にも伝えたいことがあります。「自分らしく生きられる社会は、誰かが特別に頑張って作るものではなく、一人ひとりの理解から始まる」ということです。

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『困った子ではなく、困っている子』(奥田雅史著)
発達障害や特別支援教育について、学校現場で起こる事例を漫画で紹介。子どもの行動の背景を読み解き、「困っている子」の理解と支援のヒントを学べる一冊です。

大学院修了後の2009年から公立中学校で教諭を務め、学級担任・学年主任を経て2020年より特別支援学級を担当する、ASD当事者の教師。発達障害当事者会「キラキラかなおかムーン」代表として、当事者・保護者・支援者をつなぐ場づくりに取り組み、教育現場での実践と当事者の経験をもとに講演を行う。
本コラムで紹介した「困った子ではなく、困っている子」という視点は、特別支援に携わる教育関係者だけでなく、人との違いに悩むすべての方にも、気づきの多いテーマではないでしょうか。発達障害があっても働き続けることはできるのか。自分らしく生きられる社会とは何か。教職員研修、保護者・PTA向け講演会、人権・多様性研修、企業の障害理解・D&I研修、地域住民向け講演会などにおすすめです。ご依頼・ご相談はSpeakers.jpまでお気軽にお問い合わせください。
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