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「育てる」がすべて
子どもたちの未来に責任を持つ、これからの地域スポーツ育成論
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スポーツの価値は、勝った負けたで終わるものではありません。
もちろん、勝利を目指すことは大切です。試合に勝つために努力すること、仲間と競い合うこと、自分の限界に挑戦すること。その経験は、子どもたちを大きく成長させます。勝ちたいと思う気持ちがあるから、練習に熱が入り、悔しさがあるから、もう一度立ち上がる力が生まれます。
しかし、育成年代のスポーツにおいて、勝利だけを目的にしてしまうと、見落としてしまうものがあります。
それは、子どもたちの「その後」です。
大会で勝った子どもも、負けた子どもも、レギュラーだった子どもも、ベンチにいた子どもも、やがて競技人生の節目を迎えます。プロになる選手、トップカテゴリーに進む選手はごく一部です。多くの子どもたちは、どこかのタイミングで、夢と現実の間に立つことになります。
そのとき、スポーツは子どもたちに何を残せるのでしょうか。
悔しくて涙を流した記憶。仲間に支えられた温かさ。自分の弱さから逃げなかった経験。努力しても届かない現実を知り、それでも前を向こうとした時間。そうした一つひとつが、子どもたちの人生の土台になっていきます。
「勝てなかったから終わり」ではありません。
スポーツを通じて何を学び、どのように次の人生へ進んでいくのか。そこまで見据えて初めて、私たちは子どもたちの未来に責任を持っていると言えるのだと思います。

勝つためだけではなく、人生で負けない力を育てる
育成という言葉は、しばしば「優秀な選手を育てること」と同じ意味で使われます。
もちろん、競技力を高めることは育成の大切な側面です。技術を磨き、判断力を養い、身体能力を高め、より高いレベルを目指す。その道を本気で歩む子どもたちには、質の高い指導と挑戦できる環境が必要です。
しかし、それだけが「育てる」ではありません。
スポーツを続けていれば、必ずうまくいかない瞬間があります。試合に出られないこともある。大事な場面で失敗することもある。目指していた進路に届かないこともある。ケガで思うようにプレーできなくなることもある。
そのときに、子どもたちが「自分には価値がない」と思ってしまうような育成であってはなりません。
「もっと上へ」「もっと強く」「プロを目指せ」という言葉は、子どもたちの心に火をつけます。これは育成における“加熱”です。加熱は必要です。夢を描き、目標に向かい、努力を積み重ねるためには、心の温度を上げることが欠かせません。
けれども、加熱だけでは危ういのです。
夢に届かなかったとき、結果が出なかったとき、競技を離れるとき、その熱をどう受け止めるのか。燃え尽きそうな心に、どのような言葉をかけるのか。別の道へ進もうとする子どもの背中を、どのように押すのか。
そこまで設計していなければ、育成は子どもたちを励ますものではなく、追い込むものにもなってしまいます。
本当に必要なのは、加熱と冷却の両方です。
夢を持たせることと同じだけ、夢と向き合う力を育てる。勝つ喜びを教えることと同じだけ、負けても立ち上がる力を育てる。競技力を伸ばすことと同じだけ、自分で考え、選び、次の一歩を踏み出す力を育てる。
スポーツで勝つことは大切です。
しかし、もっと大切なのは、人生で負けない力を育てることです。
子どもたちは、スポーツの中で人生の縮図に出会います。努力しても報われない日があります。仲間とぶつかる日があります。自分より優れた誰かを見て、悔しさに震える日があります。それでも、もう一度体育館に来る。もう一度グラウンドに立つ。もう一度ボールを追いかける。
その姿こそ、育成の中で最も尊いものです

“教える人”ではなく、“育てる仕組み”が必要である
これからの地域スポーツに必要なのは、優れた指導者個人の力だけではありません。
もちろん、指導者の情熱や経験は重要です。子どもたちの心を動かす言葉、技術を伝える力、日々の練習を支える献身。それらが子どもたちの成長に大きな影響を与えることは間違いありません。
しかし、子どもたちの未来に責任を持つためには、個人の熱意だけに頼っていてはいけません。必要なのは、地域全体で子どもたちを育てる仕組みです。
たとえば、年代ごとの指導方針があるか。
子ども一人ひとりの成長を記録し、次のカテゴリーへ引き継ぐ仕組みがあるか。
競技力の高い子どもだけでなく、成長のスピードがゆっくりな子どもにも居場所があるか。保護者、学校、クラブ、地域の大人たちが、同じ方向を向いて子どもたちを支えているか。
こうした仕組みがなければ、育成は偶然に左右されます。良い指導者に出会えた子どもは伸びる。しかし、そうでない子どもは取り残される。それでは、地域として子どもたちの未来に責任を持っているとは言えません。
スポーツは、プレーする子どもだけで成り立つものではありません。応援する人、支える人、運営する人、送り迎えをする保護者、見守る地域の人たち。そのすべてが、スポーツ文化の一部です。
だからこそ、地域スポーツの育成は、選手だけを育てるものではありません。スポーツに関わる人を増やし、地域の中に子どもたちの成長を支える土台をつくることでもあります。
一人のスター選手を生み出すことは素晴らしいことです。けれども、それだけではスポーツ文化は続きません。競技を好きになった子どもが、将来、指導者になるかもしれない。クラブを応援する人になるかもしれない。スポンサー企業でスポーツを支える人になるかもしれない。自分の子どもにボールを渡す親になるかもしれない。
そのように、スポーツと関わり続ける人を地域に増やしていくこと。これこそが、これからの地域スポーツに求められる育成です。

子どもたちの未来に、地域全体で責任を持つ
子どもたちは、スポーツを通じて多くのことを学びます。
勝つ喜び、負ける悔しさ、仲間と協力すること、自分の弱さと向き合うこと、努力を続けること、誰かを支えること。これらは、競技成績だけでは測れない価値です。
そして、その価値を未来につなげるためには、大人の側に覚悟が必要です。
目の前の試合に勝たせることだけでなく、その子が十年後、二十年後にどのような人になっているかを想像すること。競技力だけでなく、人としての成長を見守ること。結果が出た子どもだけでなく、結果が出なかった子どもにも、意味ある時間を残すこと。
それが、子どもたちの未来に責任を持つということです。
スポーツには、人を育てる力があります。
しかし、その力は自然に生まれるものではありません。
大人が意図を持ち、仕組みをつくり、子どもたち一人ひとりの可能性に向き合ってこそ、スポーツは本当の意味で未来につながります。
勝つことは大切です。
でも、勝つことだけがすべてではありません。
子どもたちの可能性を見つけ、伸ばし、未来につなげる。
地域に、スポーツを支える人を増やす。
夢を描かせるだけでなく、夢と向き合う力を育てる。
競技で勝つ力だけでなく、人生で負けない力を育てる。
かつて一人の子どもが、夢中になってボールを追いかけていた。その子が大人になったとき、スポーツを通じて出会った言葉や仲間や場所を、人生の支えとして思い出してくれるなら。勝った試合の記憶だけでなく、負けた日の涙さえも、自分を育ててくれた大切な時間だったと思えるなら。
そのとき、私たち大人がつくったスポーツの時間には、確かな意味があったと言えるのではないでしょうか。
これからの地域スポーツに必要なのは、“教える人”ではなく、“育てる仕組み”です。
「育てる」がすべて。
それは、子どもたちの未来に責任を持つという、大人たちへの問いであり、地域スポーツが次の時代へ進むための約束でもあります。

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1977年7月16日生まれ、秋田県藤里町出身。JBA公認S級コーチ、JBA公認コーチデベロッパー。大学卒業後、秋田県内の高等学校で11年間教員として勤務し、男女バスケットボール部の指導に携わる。2009年より札幌大学男子バスケットボール部アシスタントコーチを務め、同大学院で学びながら指導理論の研究と実践を深めた。
(ベースボール・マガジン社・2026/3/4)
本コラムで紹介した「育てる」という考え方は、スポーツ指導に限らず、教育や人材育成、組織づくりにも通じるテーマです。子どもたちの未来に責任を持つとはどういうことなのか。勝利や成果だけではない成長の価値とは何か。講演では、地域スポーツの現場経験や制度設計の視点を交えながら、これからの育成のあり方について分かりやすくお話しいたします。スポーツ団体や教育関係者、自治体、企業の人材育成研修などにもご活用いただける内容です。ご依頼・ご相談はSpeakers.jpまでお気軽にお問い合わせください。
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