
不妊治療と仕事の両立
“制度がない”から何もしない職場でいいの?
はじめに
フェムテックの分野で、布ナプキンのブランド運営をしております。株式会社フェミウェル代表の那須あやです。一般社団法人不妊症不育症ピアサポーター協会の理事としても精力的に活動をしています。ピアサポーターのピアは(仲間)という意味。不妊治療を経験した当事者が、当事者にしか分からない気持ちに寄り添い、治療中の方を応援する活動です。ZOOM、メール、チャットなどでたくさんの女性のお話を聞いてまいりました。
「不妊治療をしていることを、職場にどう伝えたらいいのかわからない」「制度がないから、言っても無駄だと思う」「ただでさえ人手不足。同僚に迷惑をかけたくない。」
女性たちの相談を受ける中で、たびたび耳にした言葉です。
私自身、4年前までは普通の会社員。コロナ禍でリモートワークがスタートしたことで、不妊治療との両立が比較的しやすい環境にありました。けれども、そんな私ですら、同じ部署の人間関係や業務との調整に悩んだ経験があります。制度が整っていなくても、職場に“理解しようとする姿勢”があるかどうかで、治療と仕事の両立がまるで違うものになると、身をもって感じています。
今回は、小さな職場でもできる「両立支援の第一歩」について、私自身の経験を交えながらお伝えします。
コロナ禍でのリモートワークと、見えないプレッシャー
私が不妊治療を始めたのは、30代前半。ちょうど新型コロナウイルスの影響で、多くの企業がリモートワークを導入していた頃でした。幸運にも、私の職場でも在宅勤務が推奨され、通勤の負担や同僚の目を気にせずに治療に通える環境がありました。
しかし、それでも「仕事との両立は大変だった」というのが正直な感想です。オンライン会議の朝礼に出られなかったり、急に中抜けして通院したり。あるいは、絶対に休めない業務の締め日に限って採卵や移植の日が重なるなど、「どうして今…」と思わずにはいられないタイミングで予定が組まれてしまうのが、不妊治療の難しいところ。
あるとき、チームの後輩の女性から「体調大丈夫ですか?」と心配されました。その言葉に、思わず胸が詰まりました。何も言わなくても、気づいてくれる人がいる一方で、どう説明すればいいのか、どこまで話していいのか分からない葛藤。「余計な心配はかけたくないし、腫れ物になりたくない。」と頑張り続けていました。
職場に不妊治療のことを打ち明けるかどうかは、本当に難しい問題です。治療に対する理解が乏しいと、気まずい雰囲気になることもあるでしょうし、誤解や偏見の対象になることもあります。だからこそ、多くの女性が「言いたくても言えない」と感じているのだと思います。信じられない話ですが、「不妊治療いつ終わるの?」「また不妊治療で休み?」といった心無い言葉が飛び交う職場があるのも事実です。
でも、逆に“話せる環境”があると、両立はぐっとラクになります。実は私も、あるとき会社の役員との1on1面談の中で、不妊治療に関して「半休制度のような形で、もう少し柔軟に有給が使えると助かる」と打ち明けたことがありました。
当時は、「どうせ制度なんてすぐには変わらないだろう」と思っていたのですが、数か月後に社内で“半日単位で有給が取得できる制度”が導入されました。言ってみるもんだなと思いました。
この経験を通じて、「制度がないから、何もできない」のではなく、「誰かの声がきっかけで、変わることもある」と実感しました。
小さな職場こそ、柔軟な対応ができる強みがある
もちろん、すべての職場がすぐに制度を整えられるわけではありません。特に従業員数が少ない企業や、まだ育児・介護以外の両立支援の経験が少ない職場にとっては、「どこから手をつけていいかわからない」というのが本音かもしれません。
でも、私は「制度よりもまず、声を聞くこと」が何よりの支援になると思っています。
例えば、シフトの調整や業務量の調整など、制度化しなくても柔軟に対応できることはたくさんあります。実際に、相談を受けてきた中には「上司にだけ事情を伝えたら、なるべく午前中に打ち合わせを入れないようにしてくれた」「急な通院に備えて、業務を分担する体制をつくってくれた」という声もありました。
また、職場の理解があることで、メンタル面の負担もぐっと軽くなります。不妊治療は、結果が出ない期間が長ければ長いほど、自分を責めたり、将来への不安に押しつぶされそうになります。だからこそ、職場で「あなたを応援しているよ」というメッセージを感じられるだけで、大きな救いになるのです。
両立支援の第一歩は「制度」ではなく「対話」から
職場のサポート体制というと、つい「制度があるかどうか」に注目しがちです。でも、私の経験や、多くの女性たちの声から見えてきたのは、「制度よりも先に必要なのは、“安心して話せる関係”」ということ。
経営者や管理職の方が、「困ったことがあったら、いつでも話してほしい」と言ってくれるだけで、社員の心は軽くなります。職場にすぐ制度を導入できなくても、「どんな悩みを抱えているか」「どんなサポートができるか」を一緒に考える時間をつくることは、今日からでもできることです。
私がこれから目指しているのは、そうした「制度がなくても、温かな理解がある職場」を増やすこと。小さな職場でもできる、両立支援の第一歩を広めていきたいと思っています。
不妊治療は、ひとりで抱えるにはあまりにも負担が大きすぎます。治療と仕事、家庭とのバランスに悩む女性たちが、安心して相談できる職場をつくるために——まずは「声を聞くこと」「話しやすい雰囲気をつくること」から始めませんか?
「制度がないからできない」ではなく、「制度がなくてもできること」を、いっしょに考えていきましょう。

茨城大学卒業以来、会社員として勤務しながら、約4年間に妊活・不妊治療通院を経験。20代を仕事に費やし、生理不順を放置してきたことを強く後悔し起業。現在は不妊で悩む人を当事者として応援するために、一般社団法人不妊症不育症ピアサポーター協会の活動をしている。
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