
地震学の現状と限界
~想定外を想定しよう~
はじめに

ゲラーの記者会見(おいて外国人特派員協会、2019年2月19日、本人提供)
昔から、そして今も、日本人が怖がるのは「地震、雷、火事、親父」です。トップに君臨する「地震」はなぜ怖いのでしょうか。例えば1923年の関東大震災の死者は約105,000人でした。もちろん、物的損害も巨額に上りました。以下、これまでの30年の間で100人以上の死者(行方不明者を含めて)を出した地震を見てみましょう。
1995年1月17日 阪神淡路大震災 6,437人
2011年3月11日 東日本大震災 22,325人
2016年4月14日/4月16日 熊本地震 273人
2024年1月1日 能登半島地震 634人
(データ: 気象庁HPより)
地震毎の死因は様々です。関東大震災の時の主要死因は火事でした。一方、阪神淡路大震災の主な死因はビル倒壊でしたが、火事もありました。記憶に新しい東日本大震災では、主な死因は津波被害でした。熊本地震、能登半島地震の主な死因はビル倒壊です。やはり、地震は怖いです。
これらを考えれば、国民はみな地震予知・予測情報を大歓迎するでしょう。でも、世の中はそう甘くはないのです。なぜなら、正確な地震予知・予測は、現時点で不可能だからです。正確な地震予知及び地震予測情報でなければ、逆に社会にとってえらい迷惑となります。危ないと言われた地域の人々は余計に心配する一方、ご心配無用と言われた地域の人は油断するからです。現在の学問で正確に言えることは、「日本は地震国であり、どこでもいつでも不意打ちに地震発生があり得る」だけです。特定の地域(例:南海トラフ付近)が通常より危ないとも通常より安全ともどちらも言えません。
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備考:
「地震予知の例」: 3日以内に「東海地震」が起きる。
「地震予測の例」: 30年以内に「南海トラフ巨大地震」の発生確率は80%だ。
政府地震予測の失敗
約50年前、日本国政府は「東海地震」(東海地方の沖合に発生するマグニチュードM8級と想定した地震)が差し迫っていると発表しました。このセンセーショナルな発表は、NHKをはじめとして民放各社、主要新聞もこぞって大々的に報道しました。政府とマスコミの煽りを受けて、ほとんどの国民は、巨大な東海地震が来ると信じこみましたが、これまでの50年間に東海地方には大きな地震は起きていません。
この現実を受け、21世紀に入ると、政府は「東海地震」をやめて、「南海トラフ巨大地震」に切り替えて、煽りはじめました。「南海トラフ巨大地震」はM9級の巨大地震で、東海・東南海・南海地域(静岡県から高知県まで)の沖合に発生すると想定されたものです。政府は、「南海トラフ巨大地震」が今後30年間に発生する確率は7-8割程度だ、とずっと煽っています。もちろん、NHKをはじめとして民放各社、主要新聞などは、今回もこの巨大地震は必ずくる事実のように報道しています。そして、驚くほど多くの人々がこれを真実のものとして鵜呑みにしていると思います。ただ、現実には、21世紀に入って四半世紀すぎた今現在、南海トラフに大きな地震は起きていません。
また、政府は、これらのほかにも、内陸(日本の下)地震の予測として、「南関東地震」や「首都直下地震」が来ると警告し続けています。1990年代からですから、かれこれ35年以上になりますが、いまだに東京近辺には大きな地震がは起きていません。
すなわち、政府が太平方海岸の沖合に起きると予測した「東海地震」、その後の「南海トラフ巨大地震」はあくまで想定のものにすぎず、実際に起きたのは、東日本大震災でした。直下地震に話題を移すと、政府が煽ってきた東京近辺の直下地震は起きず、実際に起きたのは阪神淡路大震災、熊本、能登半島でした。こう見ると、政府の予測は何だったのか。普通に考えると、政府の地震予測は失敗ばかりですね。
メディアの怠慢ぶり
メディアの仕事は、取材した情報を精査して、国民に的確に報道を提供することです。毎年、政府がこれからの30年に「南海トラフ巨大地震」の発生確率が80%だと発表する場合、メディアがその発表自体を報道することは当然のことです。しかし、同時に、その発表の裏を取ることは忘れてはいけません。つまり、政府発表に関係する周辺情報、根拠やエビデンスなどについても報道すべきです。特に人々の生活に重大な影響を与えかねない発表ならなおさらです。地震予測に関していえば、具体的に以下に述べるような点を指摘しないのであれば、メディアは職務放棄していると言われても仕方ないでしょう。
1) これまでほぼ四半世紀にわたり政府が毎年、「南海トラフ巨大地震」について発表しているが、現実は、南海に何も起きてないにもかかわらず、「想定外」の東日本大震災が起きたこと。
2) 政府は、予測の範囲を何も説明のないまま、1年ずつ伸ばしていること。つまり、2003年時の予測は30年間(2003年〜2033年の間)で8割程度の発生確率だったとしたのにも関わらず、その後20年以上たった2025年時の予測においても、今後30年間(2025年〜2055年)で同じ発生確率の8割としていること。
3) 政府の「東海地震」予測も、「南海トラフ巨大地震」予測も、そして内陸(首都直下)地震予測も、実際起きていないという現実から見れば「失敗」していること。これは、もしかしたら政府の予測手法に致命的な問題があるのではないかということを強く示唆する。
なぜメディアが政府の間違った地震予測にこれ程迎合的なのか。例えば、NHKの予算は政府承認が必要ですよね。皆さんの公共放送というが、実質的には政府を批判するのは難しいでしょう。民放についても、放送免許は政府が承認するものです。また、NHKと異なり、専門の科学記者はほとんどいません。新聞では、政府の地震予測の担当は科学部ではなく、あまり科学的な専門知識を持たない社会部です。結果としてメディアは政府の地震予測を政府が言うまま垂れ流すことになります。
私の講演
私は地震学を専門として、地球の3次元内部構造の推定、地震の発生メカニズム、地震波動論などの基礎研究をしています。その観点から、今後の地震や津波に関わる防災の問題について、どう考えるべきかを論じます。なお、私は政府の地震予知・予測に関連する事業とは全く関係のない部外者です。

地震学者。東京大学名誉教授。米国生まれ、カリフォルニア工科大学で博士号修得。1984年東京大学助教授(初の任期無し外国人教員)、99年教授、17年定年退職、現在に至る。研究テーマは地球の3次元内部構造推定、地震波動論、地震予知問題。日本地球惑星科学連合フェロー。
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