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河合純一
(かわいじゅんいち)

日本パラリンピアンズ協会 会長/日本身体障がい者水泳連盟 会長

静岡県生まれ。先天性ブドウ膜欠損症のため視力は右目のみ。

1992年 バルセロナ パラリンピック全盲部門出場(銀:2個、銅:3個)
1996年 アトランタ パラリンピック全盲部門出場(金:2個、銀1個、銅1個)
2000年 シドニー パラリンピック出場(金:2個、銀:3個)
2004年 アテネ パラリンピック大会7種目に出場(金:1個、銀:2個、銅:2個)
2005年 IBSA世界ユース選手権大会 日本水泳チーム監督
2008年 北京 パラリンピック大会4種目に出場(銀:1個、銅:1個)
2012年 (37歳) ロンドンパラリンピック大会3種目に出場 2種目入賞(4位、6位)
2014年 2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、日本スポーツ振興センター研究員

主な講演テーマ

「夢追いかけて」
「夢への努力は今しかない!」
「障害者スポーツについて」
「バリアフリー・人権・共生について」
など

 

主な経歴

1975年4月19日   静岡県浜名郡舞阪町に生まれる。先天性ブドウ膜欠損症のため視力は右目のみ。

 

1978年(3歳)  右目の手術を受け、0.1の視力を取り戻す

 

1980年(5歳)  水泳を始める

 

1981年(6歳)  静岡県浜名郡舞阪町立舞阪小学校に入学

 

1986年(11歳)  浜名地区西ブロック水泳大会 50m背泳 優勝

 

1988年(13歳)  静岡県浜名郡舞阪町立舞阪小学校を卒業。静岡県浜名郡舞阪町立舞阪中学校に入学。森田先生のモデルである右二先生が赴任、社会科の担当及び水泳部の顧問になる。急速に右目の視力の低下を感じるようになる。

 

1990年(15歳)  中学3年時の担任が右二先生になり、「十年後の私」という作文で教育者になりたいと書く。右目の視力が完全に失われる。岐佐神社の祭りで初めて大太鼓を叩く。静岡県浜名郡舞阪町立舞阪中学校を卒業。国立筑波大付属盲学校高等部入学、寮生活に入るが点字と白杖の習得に苦労する。また、水泳部顧問の寺西先生と出会い、トレーニングに励むようになる。

 

1992年 (17歳)  1992年 バルセロナ パラリンピック全盲部門出場(銀:2個、銅:3個)

 

1994年 (18歳)  国立筑波大付属盲学校高等部卒業。(19歳)  早稲田大学教育学部入学、下宿生活に入り、大学の点字会に入会する。寺西先生から引き続き指導を受ける。

IPC世界選手権(マルタ共和国)水泳競技出場(金:3、銅:1)

 

1995年 (20歳)  早稲田大学水泳部にお世話になるようになる

 

1996年 (21歳)  1996年 アトランタ パラリンピック全盲部門出場(金:2個、銀1個、銅1個)

 

1997年 (22歳)  教員採用試験を受験、教育実習を舞阪中学校で行う。早稲田大学を卒業。母校の舞阪中学校に社会科の教師として着任。全盲では初めて1年生の副担任を担当

 

2000年 (25歳)  2000年シドニー パラリンピック出場(金:2個、銀:3個)

 

2002年3月(26歳)シドニーの感激を分かちあった生徒たちを3年生担任として送り出す

 

2002年4月(27歳)3度目の1年生の担任として引き続き舞阪中学校にて教鞭をとる

 

2003年 (28歳) 2年間休職して早稲田大学大学院に進学(学校教育専攻)自伝映画「夢追いかけて」が劇場公開

 

2004年 (29歳) 2004年アテネ パラリンピック大会7種目に出場(金1個、銀2個、銅2個のメダルを獲得)

金メダル 50m自由形(3大会連覇)
銀メダル 100mバタフライ、100m自由形
銅メダル 100m背泳ぎ、100m×4自由形リレー
4位  200m個人メドレー、100m×4メドレーリレー

 

2005年 (30歳) 浜松市立舞阪中学校に復職。1年生の担任となる。水泳部顧問。

IBSA世界ユース選手権大会 日本水泳チーム監督

 

2006年 (31歳) 結婚。JICA青年海外協力隊としてマレーシアの視覚障害者への水泳指導

 

2007年 (32歳) 静岡県総合教育センター教育支援部特別支援教育課指導主事 着任

 

2008年 (33歳) 2008年北京 パラリンピック大会4種目に出場
銀1個、銅1個のメダルを獲得し、パラリンピック競技における日本人メダル獲得数最多となる。

銀メダル 50m自由形        銅メダル 100mバタフライ。

静岡県浜松市やらまいか大使(平成20年度 委嘱)

 

2009年 (34歳)  2016年東京オリンピック招致のためIOC総会(コペンハーゲン)にアスリートとして出席。東京アジアユースパラゲームス日本代表水泳チーム監督

 

2010年   (35歳)  公務員を辞して静岡選挙区から参議院議員に立候補

 

2012年   (37歳)  ロンドンパラリンピック大会3種目に出場 2種目入賞(4位、6位)

 

2014年 (39歳)  2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、日本スポーツ振興センター 研究員となる

 

 

【講演実績】
教育関連・地方自治体をはじめ講演実績多数あり

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