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飯島健二郎
(いいじまけんじろう)

日本トライアスロン草分け的存在であり、プロ・トライアスリート第1号。「選手指導の原点は、人間教育にあり」を方針として選手教育にあたる。
その効果は、高校教員時代に顧問として、甲子園出場、水泳部インターハイ出場、そしてトライアスロン界での数々の実績が証明する。

ロンドンオリンピック トライアスロン日本代表監督/JOCトライアスロン専任コーチ

主な講演テーマ

【モチベーション】

「継続力という『力』~成人してから見続ける夢は闘い~」

【管理職・教員向け】

「オリンピック4大会を指導して見えたモノ~部下育成編~」
「ナショナルチームの監督は中間管理職~時代と共に多様化するマネジメントスタイル~」

 

【人生・スポーツ・夢】

「どう暮らすかより、どう生きるかを追い求めよう」

強豪野球部の顧問として甲子園出場、その後教員免許を投げ捨てプロアスリートとして闘ってきた飯島氏。 現役時代だけではなく、現在も日本代表を率いて世界を転戦してきた経験や、 引退直後は協会関連の仕事があったにも関わらず「働く意味とは何か?」追求し、自ら地下鉄工事の作業員として100日間働いていたエピソードもある。

 

「勝つこと、強くなること~プロトライアスリート草分けとして、そして指導者として~」  
3つの種目を一人でこなす過酷なスポーツ「トライアスロン」は、練習をただ積むだけではなく、  最後は自己との戦いに勝たなければならない。  苦しさの中でも冷静な判断が必要となってくる。  国際人としても通用する自立した選手を育てるためには何をすれば良いのか。  自ら世界に飛び込み、世界で学び、プロトライアスリート第一号となった飯島氏が  選手時代にどのように自信をつけて来られたのか、また指導者として何を考え実践しているのかお話しする。

 

「今、日本人に求められるもの~世界転戦を通じて感じたもの~」
「自信があれば、人に優しくなれる」
「自信を持つことの大切さ」
「指導の原点は人間教育にあり」

ココがオススメ!

水泳、自転車ロードレース、長距離走という3つの種目を連続して行う耐久競技として知られるトライアスロン。国際トライアスロン連合では、それぞれの長さによって規格を設定しており、通常オリンピック・ディスタンス(OD)と呼ばれるものは、水泳が1.5km 、自転車が40km、長距離走が10kmというものになっています。

しかし、最も過酷なアイアンマン・ディスタンスでは、それぞれが3.8km、180km、42.195km(フルマラソン)と、実に4倍近い負担を強いられ、17時間の制限時間以内に完走すると“アイアンマン”(鉄人)の称号を受けられます。まさに、トライアスロンが、鉄人レースの別称で呼ばれるゆえんでもあります。

トライアスロン競技は広く一般の人が認識するまでに普及していますが、その啓蒙の旗振り役が飯島健二郎氏でした。  プロのトライアスリート第1号としての実績もさることながら、現役引退後に指導者としても大いに注目され、監督として、シドニー、アテネ、北京各オリンピックをはじめアジア大会、全日本大会でもメダル獲得、入賞に貢献し、一流選手育成に手腕を発揮します。

そんな飯島氏の講演は、モチベーション、人生、夢の実現、スポーツ、マネジメント、ビジネス研修など幅広い内容に及び、「どう暮らすかより、どう生きるかを追い求めよう」「指導の原点は人間教育にあり」などのテーマを話してくれます。また、フォーラム、セミナー、トークショーでの開催もOK!

アスリート養成法だけでなく、日常生活のあらゆる局面で求められるコミュニケーションスキル向上などについても語り、講演、フォーラム、セミナー、トークショーを訪れた人は、何事においても瞬時に判断できる思考力を養うことや、困難に直面しても絶えず挑戦し続け、決めたことを最後までやり遂げる心を徹底的に鍛える重要性を知るのです。

主な経歴

日本トライアスロン草分け的存在であり、プロ・トライアスリート第1号。

野球の名門高校の顧問としてチームを甲子園に導くも、選手との練習中にヒザを負傷し入院生活を送る。その時に「これが完走できるようになっている頃には、ヒザも治っているはず」とリハビリとして始めたトライアスロン。
しかし、飯島はそのトライアスロンにはまってしまった。

当時、数年前にアメリカで始まったばかりで、日本に紹介されてわずかな日しか経たなかったトライアスロン。もちろん、競技者もわずかであり、とてもそれで生活をしていけるとは誰も思わないような時代であった。
そんな中、飯島は結婚直後にも関わらず、教員と言う安定した職業を捨て、当時日本トライアスロン連盟会長であった長島茂雄氏の後ろ盾もあり、競技に専念し勝負するためにプロとなる。その後単身渡米する等、己の道を切り拓きパイオニアとして一時代を築いた。

1998年に競技を引退後、「働くとは何か?」を自らに問うために、志願して100日間地下鉄工事現場で働く事もあった。

トライアスロンが五輪正式競技となった2000年シドニー五輪では代表監督、
2004年アテネ五輪では三宅義信総合監督(ウェイトリフティング・ローマ五輪、東京五輪金メダリスト)のもと、女子ヘッドコーチを務めた。
自ら指導する選手も、競技歴1年強の選手を代表チームのエースに育てあげる等、厳しいながらも指導者としても定評がある。

「選手指導の原点は、人間教育にあり」を方針として選手教育にあたる。
その効果は、高校教員時代に顧問として、甲子園出場、水泳部インターハイ出場、そしてトライアスロン界での数々の実績が証明する。

その独特で的確な指導法は、スポーツ界にとどまらず、
現在荒廃した教育界や、指針の見えない実業界においても役立つものと言える。

 

活動実績】
1959年 東京生まれ。日本大学文理学部卒業。
1982年 4月 日本大学付属第二高等学校の教員として赴任。
1982年 8月 野球部顧問として甲子園に出場、ベスト16に進出。
1984年 8月 水泳部顧問として、部創立以来のインターハイ出場に導く。
1986年 日本大学付属第二高等学校を退職し、プロトライアスリートを目指す。
1987年 4月 プロトライアスリート第一号として活動を始める。
1988年 (株)ケンズを設立。(トライアスロン大会開催、チーム運営、スクール等)
1989年 チーム・ケンズを結成。現在の指導者、トップ選手として活躍している選手の多くを輩出。
1998年 11月 現役を引退
2000年 9月 シドニー五輪・トライアスロン代表監督
2004年 8月 アテネ五輪・トライアスロン女子ヘッドコーチ(男女総合監督・三宅義信氏)
2012年 7月 ロンドン五輪・トライアスロン代表監督

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