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政治評論家/大学教授
政治評論家。武庫川女子大学 共通教育部 客員教授。政治家育休中イクメンパパ。社会保険労務士。㈱地域創造未来会議 代表取締役。
地方議員20年のキャリアから、今の「国政、地方政治」の現場で起こっている様々な出来事に、自身の経験を踏まえた具体的な解説を得意とする。特には3期12年務めた兵庫県議会での経験から、兵庫県の内部告発文書問題に関しては、現在の斎藤知事とも過去に議場で対峙し、議論を交わしたことを踏まえ、リーダーとしての在り方や取るべき責任、混迷を深める兵庫県政の諸課題について、舌鋒鋭く解説をすることができる。
上宮高等学校卒、関西学院大学商学部卒、神戸大学大学院法学研究科修了。
住友信託銀行では非営利法人営業、DLJdirect SFG証券ではマーケティング部、経営企画部に所属した。
2001年9月11日、ニューヨークテロ事件に巻き込まれ、現場で被災。命からがら逃げた経験を持つ。その後、「テロや戦争とは何か」、あるいは「日本の政治家は国を守れるのか」と考えるようになり、「今の政治家に任せていられない」と、自ら政界への進出を決意。西宮市議会議員2期8年、兵庫県議会議員を3期12年務めた。党においては青年委員会事務局長、県連幹事長などを歴任した。
現在は不妊治療を経て授かった2人の子どもたちの育ちと、働く妻を支えるために「政治家の育休中」。小学校のPTA会長として「早朝見守りサポート」を実現するなど、行政では実現できない課題に向き合い、問題解決に勤しむなど、社会貢献活動に取り組んでいる。
政治評論家
武庫川女子大学 共通教育部 客員教授
政治家育休中イクメンパパ
社会保険労務士
㈱地域創造未来会議 代表取締役
内部告発文書から始まった兵庫県政の混乱。齋藤知事の対応は正しいのだろうか?第三者委員会の報告書や消費者庁の公式見解には聞く耳を持たないのか?
一方の兵庫県議会。百条委員会の調査途中で「不信任決議」を可決させ、再選挙となり、齋藤知事が再選。二馬力選挙やSNS上での誹謗中傷、真偽不明の情報などがあったいわくつきの選挙だったが、その責任は兵庫県議会にあるのではないか。第三者委員会の報告書が出て、今まさに「不信任決議」を突きつけるべき時に動けない兵庫県議会。このままでいいのだろうか。
これからの兵庫県政がどうあるべきか。3期12年、兵庫県議会に在籍し、齋藤知事とは議会で2年近く厳しい議論をしてきた、この経験を踏まえ、今の兵庫県政を熱く語る。
講師は28歳で市議会議員に初当選。その後36歳で兵庫県議会議員に初当選し、通算20年間を地方議員として活動してきました。その間、政党の青年委員会事務局長(党本部)、兵庫県連幹事長という立場も務める中で、衆参の国会議員選挙、全国各地の地方自治体(首長・議員)の選挙も数多く先導、企画、参画するなど、様々な経験をしてきましたた。
「どうすれば議員を目指せるのか」。その初動対応や、実際にかかる「選挙関係のお金」の話。そして「人脈、支持者を拡げ、増やしていく取組み」。そして「選挙戦」とはどんなものか。最後には「議員1年生」の仕事まで、具体的にエピソードを交えてお話します。
「再選の選挙には立候補せず、育休します」。そう言うと、みんなが驚きました。「絶対当選するのに」。「議員やりながらでも育児できるよ」。そういった声もありました。しかし、私の情熱や力を、今は家族に振り向けたいと思ったとき、県民・市民に力いっぱいの活動ができないかも知れないと思いました。それでは住民の代表として選んでいただいたとしても、申し訳ないなと思いました。
日本ではよく女性の方が、育児のために「キャリアを中断」することがあります。それは一方的だと思っていましたし、育児への想いが強い方が、生き方を変えてもよいのではないかと思っていました。
政治家キャリア20年の節目でもありました。いったん政治の世界から身を引いてみたとき、自分は何ができるのか。出てきたのは「やはり社会に貢献したい」ということ。今は子どもたちのために、PTA会長として頑張っています。
「議員のもとで勉強したい」。そんな想いを持つ大学生たちが「インターン生」として集まってくれました。夏休みと春休み。平均で毎回5名程度。20年間、40回の受け入れをしてきました。
「もし自分が選挙に出たらどのように戦うか?」そんなことを考えてもらい、プレゼンしてもらう「仮想選挙」というプログラム。朝の街頭活動、ビラ配り。ポスティングや街宣車での活動。報告会でのスタッフ、それにまつわる事務。時には各種の選挙戦も。政策コンテストにも出場し、全国大会にも数度進出、準優勝にも輝きました。
「政治の世界で、燃えるような活動ができ、自分を知ることができ、成長できました」。そう言って卒業していく学生を、世の中にたくさん送り出してきました。
ともに学び、情熱を交わし合う。政治は遠い世界の出来事じゃないと理解してもらえた「議員インターンシップ20年」でした。
2001年9月11日。複数の飛行機がハイジャックされ、ワールドトレードセンター(WTC)やペンタゴン(米国国防総省)に突っ込んでいく事件が発生しました。私はニューヨークのWTCビルの下にいました。
ビルには大きな穴が開き、その穴から人が飛び降りてくる。地上には救助のための大きなマットも用意されていましたが、残念ながらお亡くなりになる姿がたくさんありました。
数分後、ビルが倒壊し始めました。命からがら逃げました。粉塵に見舞われ、逃げ惑う。2時間かけて戻ったホテルでようやく「テロ事件だ」とわかりました。
数日後、何とか日本に帰ることができましたが、もやもやする毎日。「私はなぜあんな現場に遭遇したのだろう。なぜ生きて帰れたのだろう。私は何をなすべきなのか」。そんなことを考えるようになりました。当時27歳。
「日本という国を、今の政治家は守れるのか。戦争やテロを未然に防げる力が、今の政治家に備わっているのか」。
そんな疑問が湧き出てくると同時に、「自分ができること、やるべきことは政治ではないか」と思うようになりました。
28歳で市議会議員選挙に挑戦。思わぬ経験から、新たな人生が始まりました。
「登校班を無くしたい!」そう訴える会長候補が総会で否決されました。その後の会長不在状態。そんな中、「栗山さん、会長になってくれませんか…」。そんな困った切実な声を受けて、PTA会長を引き受けることになりました。
しかし、そもそもPTAってどんな存在意義があるの?って、思っていました。学校や子どもにどう役立っているのか?右も左もわからないところからスタートしましたが、だんだんわかってきました。
「PTAには入るけど、役を引き受けたくない。引き受けられない」。共働き家庭も増えている。そもそも、PTAの役なんていう厄介ごとには関わりたくない。そんな方々も多い中で、役員や複数の委員会が存在し、多くの保護者がその役に就かねばならない仕組みになっている。
子どもは減っていく。PTA加入率も減少傾向だ。どうする?拡大志向だった組織の縮小化、手じまい。それが直面する課題だ。そして、保護者に無理を押し付けない組織、できる人間、やりたい気持ちを持つ人間がやればいいという組織へ。そんな組織に変えていかねばならない。
解散するPTAもチラホラ出てきた。今、PTAは過渡期、変革期にある。現役のPTA会長としての苦悩とやりがい。リアルな現状をお伝えします。
小学校には放課後の児童クラブ(学童保育)はあるが、朝の預かりはほぼ存在しない。保育園では7時30分から預けてきたのに、小学校に入学すると8時15分登校。45分も遅くなると、保護者は勤務開始時間に間に合わない。まさに「小1の壁」である。
PTA会長として、市と教育委員会に対して「早朝の居場所づくり」の要望書を提出したが、良い返事はなかった。財政的なこと、人材などの体制、そして利用者の動向が不明であること。PTAとして保護者にアンケートとったところ、「共働き家庭73.3%、早朝預かり利用希望133件(回答率54.5%)」。行政がやれないなら、自分たちでやるしかないと実行に移した。
「保護者同士で支え合う仕組み」をつくることができた。7時45分から8時15分の預かり、いや「見守り」。見守りさんは保護者から20名集まった。学校も図書館を提供してくれた。その管理をしてくれるマネージャーさんも配置できた。
「困っている保護者と子どもを助けたい」。そんな気持ちだけで成り立っている、兵庫県西宮市立深津小学校の「早朝見守りサポート」。ご関心ある方はぜひお声掛けください!
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