講演依頼や講演会の講師派遣なら相談無料のスピーカーズ Speakers.jp
サッカー 元日本代表/サッカー解説者

明治大学政治経済学部卒業後、1981年日産自動車サッカー部(のちの横浜F・マリノス)に加 入。
1986年には日本人第一号プロサッカープレーヤーとなる。
フリーキックの名手で「ミスターマリノス」として多くのファンに親しまれたが、1994年 に現役引退。
引退後は指導者を目指し、1997年にS級ライセンスを取得。
2000年から2001年までフットサル日本代表の監督を務めた。
その後、サッカー解説業や サッカースクール等の運営を行う時期を経て、2009年より監督業に復帰。
2010年・2011年シーズンは古巣である横浜F・マリノスの監督を務めた。
現在は再びサッカー解説者などマルチに活動をしている。
「サッカー、人生、夢」などをテーマとしたトークショー
※MCとのトークショー形式になります
元日本代表のサッカー解説者・木村和司氏といえば、魔法使いのようにボールをコントロールするフリーキックの名手として知られていました。その精妙なテクニックは、木村氏以外の日本人プレイヤーにはないもので、国内外の試合で多くの名場面を作り上げてきました。 特に1985年のワールドカップメキシコ大会最終予選の韓国戦で見せた40m手前からのフリーキックは、日本サッカー史に残る屈指の名シーンとして、いまや伝説となっています。
2010年シーズンより古巣である横浜F・マリノスの監督に就任し、自身の広島弁による監督就任時のコメント「わしが何とかしちゃる」がファンの間で話題になり、そのメッセージ入りのTシャツや、名前の一文字である「和」のロゴ入りTシャツが商品化され、ちょっとしたヒット商品になるほどの人気ぶりでした。
そんな木村氏の講演は、教育、夢・目標、モチベーション、人生、夢の実現、経験、自己実現、スポーツ、サッカー、ワールドカップ、ビジネス、組織論などの内容に及び、「サッカー、人生、夢」などをテーマとした、MCとのトークショー形式になります。
サッカー解説者としても「ラグビーは紳士がやる野蛮なスポーツ、サッカーは野蛮人がやる紳士的なスポーツ」などの名言で知られ、トークショーを訪れた人は、広島弁による独特の語りによる“木村節”に魅了されること請け合いです。
【所属チーム歴】
1981~1994 日産自動車
233試合出場 51得点 61アシスト
【代表歴】
1980年(昭和55年)
モスクワオリンピック アジア地区予選
FIFAワールドカップスペイン’82 アジア予選
1982年(昭和57年)
第9回アジア競技大会(ニューデリー)
1983年(昭和58年)
ロサンゼルスオリンピック アジア/オセアニア地区予選
1984年(昭和59年)
ロサンゼルスオリンピック アジア/オセアニア地区最終予選
1985年(昭和60年)
キリンカップサッカー’85
1986年(昭和61年)
FIFAワールドカップメキシコ’86 アジア地区予選(2次予選・最終予選)
キリンカップサッカー’86、 第10回アジア競技大会(ソウル)
国際Aマッチ 54試合出場 26得点 (1978年~1986年)
【主な個人タイトル】
1983年(昭和58年)
第63回 天皇杯全日本サッカー選手権優勝
1985年(昭和60年)
第65回 天皇杯全日本サッカー選手権優勝
1988年(昭和63年)
第68回 天皇杯全日本サッカー選手権優勝
日本リーグ優勝
JSLカップ優勝
1989年(平成元年)
JSLカップ優勝
日本リーグ優勝
1990年(平成2年)
JSLカップ優勝
1991年(平成3年)
第71回 天皇杯全日本サッカー選手権優勝
アジアクラブ選手権優勝
1992年(平成4年)
第72回 天皇杯全日本サッカー選手権優勝
【テレビ】
NHK「プレミアリーグ」解説 他多数
毎年数多くの講演会を仲介している、講演会講師派遣サイト「Speakers.jp」がお届けするR
WBCに出場する侍ジャパンは、これまで数多くの名勝負を繰り広げ、人々の心の中にその勇姿を残してきまし
スポーツの世界で「メダリスト」と呼ばれることは、最高の栄誉です。オリンピックや世界選手権を目指す選手
『たかじんのそこまで言って委員会』という番組名でスタートし、現在は『そこまで言って委員会NP』と改名
睡眠負債とは日々の睡眠不足が借金のように積み重なり、心身に悪影響を及ぼす可能性がある状態のこと。
「
イベントやトークショー、式典の成功には、スムーズで魅力的な進行が欠かせません。その鍵を握るのが、経験
相談無料! 非公開の講師も多数。
お問い合わせください!
Speakersでは無料でご相談をお受けしております。
講演依頼を少しでもお考えのみなさま、
まずはお気軽にご相談ください。