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元TBSニュースキャスター/ジャーナリスト

1962年東京・世田谷生まれ
1987年東京大学教養学科フランス科卒業
TBSテレビ入社・記者として報道局配属 依頼35年報道マン
1989年 記者採用ながら、27歳で「「筑紫哲也ニュース23」キャスター(8年間)
その後、「報道特集」キャスター・パリ支局長等歴任
阪神淡路大震災・東日本大震災・911アメリカ連続同時多発テロ事件・ハイテクの聖地米シリコンバレー取材、サッカーワールドカップ・南アフリカ大会、アフリカ食糧危機・台湾大地震など、ほぼ全世界で政治・災害・国際問題等取材
2025年 一般社団法人AI日本国際映画祭代表理事就任。
日本初の「AI映画祭」開催に成功、テレビ取材などで注目を浴びる
元TBSニュースキャスター(筑紫哲也ニュース23、報道特集など)/ジャーナリスト
AI日本国際映画祭代表理事(一般社団法人)
「AIと文化」共創コーディネーター
演劇・舞台芸術/現代アート分野のキュレーター(著作あり)
ライフシフト実践者(60代からの健康再生と学び/コロナ後遺症)
家族の病気・依存症のケア/喪失経験を含む「再生の物語」の語り手
退職は、誰でも順番がやって来ます。
「でもまだ何かしたい」「やり足りない」「でも、自分が今の世界で役に立つか不安だ」
そんな不安は世界中の誰もが心に抱いています。
でも、不安より、世界を開くのは好奇心です。
例えば、AIなら、詐欺やフェイクニュースを不安に思うより、自分の最強の相棒にしてみましょう。
私の場合は、人がAIを道具にして作り上げた映画を日本や世界から募集して、日本初のAI映画だけの映画祭を東京。有楽町で2025年11月に開催し、多くの作品と観客を集めて成功させることができました。
参加した監督の中には53歳の日本人シングルマザーが、初めてAI動画ソフトをパソコンにインストールしてたった4ヶ月で、70分のSF映画を作りました。
大企業の系列会社に勤める若者が、初めてのAI映画で最高賞の一つを受賞。センスが良くて新しいコメディで、受賞後目をキラキラさせていました。
みんな、それまでは自分が映画を作ることなんて一生ないと思っていた人たちです。
でも、AIに不安を感じるより、最強の相棒にしたら、人生が変化し、また動き始めたのです。
監督たちだけでなく、わたしの人生も、そんな国内外からの笑顔や挑戦への決意に出会って豊かに変わりました。
60歳で退職した元ニュースキャスターであるわたしも、「人生やり尽くしたかな」と不安でしたが、好奇心はいつも味方をしてくれます。私の場合には、2000年に取材したハイテクの聖地、アメリカ・シリコンバレーでの体験がいつの間にか自分の中で芽を吹いて、新しい自分と出会うきっかけを作ってくれていました。
そして変化はこれからも・・・。
そんな「自分にタネをまき続ける」話を、AI映画祭を手掛かりに来ていただきたいです。
テレビのニュースのいつも同じ言葉と伝え方に、イライラしたり、飽きたりしていませんか?
私は・・・先輩後輩に申し訳ないけれど・・・日本でそう一番感じている一人かもしれません。
「私が今立っているのは・・・」「私はこの現場におよそ3時間前に着いたのですが、その時はまだ・・・」
そんな決まり文句で生のニュース中継を始める記者やレポーターは、いついなくなって、どんな新しい語りかた、切り口がこれからのテレビ報道を変えていくのだろう。
そう期待していたのですが、残念ながら30年経っても変わりませんでした。
だからいつの間にか、すっかりテレビを見る皆さんも、YouTubeの方がよく見るし、本音が伝わると思うようになりました。わたしもそんなひとりです。もちろん、本当に優れた番組、覚悟がある記者やレポーターたちは最高に素晴らしいですし、彼らのことはずっと応援もしていますが!
そんな「伝わらない」記者たちは、・・・テレビ画面を見ていて思いませんか、・・・みんな「体が硬い」んです。
なぜって、みんな「約束事」「人が書いてくれた原稿」そんなものにこだわって、心も体も身動きが取れなくなっているからです。
それよりも、現場のことはカメラを通して視聴者には一瞬で伝わりますから、山火事の現場なら、木が焼け焦げる匂い、闇の中の明るさ、そして遠いはずの山の斜面の炎から伝わる熱の気配。感じたことを、自分の言葉にして伝えればいいんです。
そんな「不自由さ」「約束事に縛られてしまうこと」。
実はこれは報道現場だけではありません。結婚式、会社の会議、街中のイベント、役所の窓口や、そして自分の家族関係。
テレビは反面教師にもなります。
長い説明よりも、心の中の本音を一言語る時、人は納得し、感動するのです。
報道現場で被災地から、事故現場から、上空のヘリコプターから、時には火山の噴火から逃げながら、怖くて震えながら生放送でレポートし続けたこともあります。
そんな、滅多に人生で人が味わわない体験を通じて学んだ「伝わる」「伝わらない」の違い、伝えたいことがある人の「心の自由さ」について、お話ししたいと思います。
皆さんも仕事で、喜びもあれば、心がすり減ってしまうことがあると思います。
報道現場を歩いていると、家族を亡くした人、破壊された住まい、見る影のない故郷や学校の風景・・・。
キャスターとしても心がすり減らないはずがありません。
では長年、わたしはどうそれを切り抜けてきたか。
それは、いつもの自分と違う、「もう一つのチャンネル」を育てることです。
わたしにとっては、「文化の使い方」もその大切なチャンネルの一つでした。
キャスターが「文化」というと何か意外かもしれませんが、こどもの時を思い出すと・・・。
わたしの父は小説雑誌の編集長として藤沢周平、野坂昭如、丸谷才一さんらと長く親交があり、小説家という普通とは変わった大人がたくさんいました。
そして母は、若い時には朝ドラ「ブギウギ」でも話題になった少女歌劇団の一つ、東京・浅草のSKD(松竹歌劇団)のステージで踊り、黒澤明監督の名作「野良犬」にも出演し、その後は「大和古寺風物詩」などの作品で知られる作家・亀井勝一郎さんの秘書をしていました。
そんな文化だらけの家族への反発も当時あったのか、大卒で選んだのは「報道」という極端に硬い仕事でした。
しかしその報道でも、筑紫哲也さんという、歌舞伎の中村勘三郎さんら多くの文化人と親交があった人と8年間も毎晩「ニュース23」という番組を共にすることになったのは不思議なご縁でした。
北野武さんが映画監督として「初めて本気でテレビで語った」2夜連続インタビューを実現するなど、「カエルの子はカエル」そのままの人生になりました。
報道の仕事は、否応なく多くの方が命を落とした直後の被災地や事故現場に行き、戦争被害者や飢餓や貧困に喘ぐ子供達の声も危機に駆けつけます。とても苦しい仕事で、自分自身の心も荒れ果てていったり、バランスを失いかけることもよくありました。
そんな時に、学校で習う「よそゆき」の文化ではなく、「本物」の文化に何度も心を救われました。
そしてある時茶道とも縁がつながり、濃茶や炭手前などを、日本有数の古いお茶の宗家の家元から直接学んだ事があります。
お茶、というと「お稽古事」を思う現代とは違い、お茶が発展したのは戦国時代で、人が殺し合ったり、殺すように命じた人たちが、刀を外して小さな茶室に入り、心を癒した「文化的ツール」でした。
そしてお茶につきものの「庭園」も、戦国から江戸時代に人の心を映す鏡として、今でいうハイテクの粋を集めた、AIアートのような最先端の芸術でした。
報道記者として命をかけて現場に行き、失いかけた心のバランスを取り戻すために発見した、「文化」との向き合い方や、自分自身の整え方。
よそゆきの「お行儀」ではなく、現代の壮絶な現場から見出した「心の整え方」。
人と違っていても、世間とは「別のチャンネル」を自分の中に育てる大切さ。
それは今の「推し」文化とも通じる面がありそうです。
そんな、今しんどい世の中だからこそ、文化が心を救ってくれる、そんな体験的な話をしたいと思います。
長い人生の中で、仕事や家族のことはとりわけ長く背負う大荷物です。
でも、
「もう少し頑張ろう」
「きょうまでは無理をしよう」
「毎日徹夜でも、やりがいがあるから平気」
自分に励まし、掛け声をかけて皆さんやってこられたと思います。
自分を後回しにしてでも頑張った後の喜びって、素晴らしいですよね。
こんな美しい景色が広がっていたのか!
まさに「生きがい」そのものかもしれません。
わたしも、被災地や世界中を飛び回り、会社では徹夜続きで長い編集作業、突然の北朝鮮のミサイル発射・・・皆さんと同じに頑張ってきました。
体力作りに始めたフルマラソンでは、50歳で4時間3分30秒という、市民ランナーとしてかなりいい記録もだし、ますます仕事に熱中しました。
でも、長く頑張った自分の体も、後回しにせず、大切にする時が来たと、ある時わたしも気がつきました。
・被災地の取材で心が削られ、長年寝酒が話せず、肝臓が音を上げてしまった。
・徹夜勤務で抵抗力が落ちたのか、コロナになった後も後遺症が続き、呼吸がお腹まで入らない。眠れないし、食べれない。
・無理して食べていると、父親のように血糖値が上がりやすくなった事に気が付く。
いずれもその後節制して、大幅に改善しましたが、その時気がついたことは、
「自分を後回しにしないこと」
の大切さです。
わたしの場合、子供の時から「自分を後回しにする」。それがいちばんん大切だと思っていました。
母は浅草の歌劇団で成功しかけましたが、普通の旧軍人の娘ですから、スターへの道は諦め、家庭に入ると私たち子供に美味しい料理を作ってくれましたが、更年期障害や鬱的な悩みが抜けず、わたしは今でいう「ヤングケアラー」のように、母の家事を手伝い、看病をし、話し相手をする。「我慢が当たり前」がわたしの10代でした。
大学生になっても母の具合は悪く、家に一人で置いて置けなくなると、わたしは一度は「普通の就職はあきらめよう」と心に決めました。
母は、自分の親や家族、子供のためにいつも自分を後回しにしました。
その母が具合が悪いと、わたしも自分を後回しにするのが当たり前だと思いました。
母が突然くも膜下出血で休止しなければ、わたしはニュースキャスターにもならず、世界の広和も知らなかったでしょう。
「ヤングケアラー」の若者たちとオンラインのトークイベントで話したことがあります。
そんな経験者に共通していたのは、「元気な人ではなく、性格が弱い彼、病弱な彼女。つまり普通には”面倒な人”ばかりを全員が好きになっていた」そんな共通点です。
わたしも、彼らも、「自分を後回しにする」のが自分の人生だと思っていたのです。
でも、その「無理」や、「長年着込んだヨロイ」を、少しずつ脱ぎ捨てて、
「ちょっと楽をさせてもらうよ」
と言ってみましょう。
きっと自然に「自分の好きな色、好きな天気、好きな国」がおぼろに心に浮かぶはずです。
仕事、体、心。
わたしがその一つ一つとどう語り合い、今からの自分のためのライフシフト、力を抜いて再出発をすること。
その大切さを、わたしや両親の実例もご紹介しながら、お話ししてみたいと思います。
「ああいうカッコつけたキャスターさんも、生身では大変だったのねー」と感じてもらえたら嬉しいですし、仕事の師でもある「筑紫哲也さん」に漂う「脱力のススメ」の雰囲気も、お伝えできたらと思います。
わたしが話したいもう一つのことは、「世界観・地政学・外国の文化」という、海外生活体験者から見た日本の話です。
たとえば、
◎パリに立った瞬間に見える「裏返しの世界」:
・パリ凱旋門の巨大ロータリー=無数の車がノンストップで突っ込んで、行きたい方に突き進む。
→日本人には恐怖だが、フランス人には「この縛られない自由!故郷に帰ってきたと実感するぞ!」
◎道にゴミや吸い殻、犬のフンがたくさん落ちてるフランス
→日本人には不潔でしかないが、枯葉や花びらが散っていても、誰も目くじら立てない自由!
◎強くなろう、エネルギッシュに生きよう、金持ちになろう!の国アメリカ
(例」トランプさん)
ヨーロッパは、「会社を病気で休んでも、必ず国から保険料が出るから、休みます!」
「毎日午後5時から深夜まで、友達とカフェへ。
そしていつもみんな家に、変わりばんこに夕ご飯ご馳走し合います!」
・・・本当に、フランスと日本は極端に違う国民性です。
だから、引かれ合うのでしょう。
でも、だからこそ、フランスに丸4年だけ済んだだけでも思います。
「自由で気まぐれなフランスと、真面目で神経質な日本、そのちょうど間の国があったら最高!」
この話、実例は山ほどあるので、ぜひ楽しく語り合いたいです。
その視点をスタートに、アメリカやロシア、アフリカや中国との国際関係、軍事緊張などの話にもハードなテーマをたくさん、語っていきたいです。
2025年
幕張メッセ(InterBee)
AI日本国際映画祭(PEATIXウェビナー、AbemaPrime等)
1989−97 TBS「筑紫哲也ニュース23」キャスター(レギュラー出演)
その後も「報道特集」キャスター・パリ支局長、社会部・政治部記者等として生放送を中心に国内外から毎年百回〜数百回出演(〜2022年)
2025年10月 「AbemaPrime」(22時台・スタジオ30分間)に初めてTBS系列以外のTV出演
「アートはまだ始まったばかりだ〜ヤン・フート ドクメンタ9への道」(用美社)
講演依頼のSpeakers.jpでは、テレビでよく見るあの有名人や著名人、文化人を講演会やイベントに
『たかじんのそこまで言って委員会』という番組名でスタートし、現在は『そこまで言って委員会NP』と改名
AIやChatGPT、IoTは、私たちの生活やビジネスに大きな影響を与えている分野です。この特集ペー
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