野口健 講演会講師インタビュー

Speakers.jp Interview Vol.15 「自分の価値観を持って生きる」 アルピニスト 野口健

 高校時代に一人旅に出かけ、偶然出会った本『青春を山に賭けて』(故・植村直己著)に影響を受けて、登山を始めたという世界的アルピニスト・野口健さん。
 16歳でヨーロッパ大陸の最高峰、モンブランへの登頂を果たし、99年5月には「7大陸最高峰世界最年少登頂記録」を25歳で樹立。いじめに悩んだ幼少期、登山仲間との辛い別れなど、重い過去を背負い、世界の高峰にトライし続けている野口さんだが、その言葉は常に明るく前向きだ。
 現在は「富士山から日本を変える」をスローガンに、富士山の環境保全活動に取り組みながら、東日本大震災の復興支援活動、戦没者の遺骨収集活動、人権や希少生物の保護活動など、多岐にわたって活躍している野口さんは、「多くの人が目を向けない社会の“B面”=裏側にこそ、真実がある」という父・雅昭さんの至言をもとに、実際に現場を見て、自分にできる限りのことをしていきたいと力を込める。その日に焼けた屈託のない笑顔が、多くの人に希望を与えているに違いない。

(text:橋川良寛、photo:小山幸彦)

落ちこぼれたって、そこから這い上がればいい

野口健写真はじめに、登山を始めたきっかけから聞かせてください。

野口:高校時代、僕は落ちこぼれで、いろいろな問題があって学校を停学になってしまいました。そのときに、日本における冒険家のパイオニアで、世界初の五大陸最高峰登頂者となった植村直己さんの本『青春を山に賭けて』に出会ったんです。
 彼は、最初からスーパースターではなかった。地道に、コツコツとお金を稼ぎ、まさに一歩一歩、世界の山を制していくことで、栄誉を勝ち取ったんです。
 当時は特に山に興味があったわけではなかったのですが、この本が、勉強もできず、停学にまでなっていた僕に、一筋の希望をもたらせてくれました。「落ちこぼれたって、そこから這い上がればいい!」 そう考えるようになり、登山の道を志すようになりました。

そして、亜細亜大学在学中には、見事、エベレスト登頂に成功し、当時の「7大陸最高峰世界最年少登頂記録」を打ち立てました。なぜ、この偉業を達成できたのでしょうか?

野口:幼少期、ハーフであることをからかわれ、いじめられていた僕に、「自分の身は自分で守れ!」と厳しい言葉をかけて鍛えてくれた母親のおかげで、あきらめない強い心を持てたのだと思います。
 何の実績もないところから、1000万円、2000万円という活動資金を集めるのは大変でしたが、計画書を作り、企業を回り、粘り強く努力することで、最後にはきちんと同じ夢を見てくれるスポンサーを見つけることができました。人間、大きな冒険は、一人ではできないのです。
 そんな中で、僕のことを知って、山岳部に「自分もエベレストに登りたい!」という入部希望者が殺到しました。そこで、「ご両親には了解を取った?」と聞くと、たいていの人は「親は関係ありません! 自分がやりたいことなので」と答える。聞こえはカッコいいけれど、これではダメです。もっとも身近な両親すら説得できない人間に、お金を出してくれるスポンサーなんていないだろうし、山で不慮の事故に遭った際に、それを突然知らされるかもしれないご両親がいたたまれない。
 明確な目標を持って、必死にそれを達成しようとする姿勢や覚悟があるかどうか。それが、成功するかどうかの一番の分かれ道だと思います。

話を聞くより、自分の目で見ることが大事

その後は、富士山の清掃活動などにも力を入れて来られましたが、そう簡単には進まなかったそうですね。
野口健写真

野口: 「これは正しい」「こうあるべきだ」という独善的な考え方では、人はついてこないんです。
 たとえば、同じように「景観を守る」といっても、商業施設の看板をすべて撤去したら地元で働く人が困ってしまうこともあるし、白と黒の二元論で語れないことばかり。
 実は、富士山の清掃活動だって、最初は批判が多かったんですよ。
 環境問題だけで世の中は回っていない、無数にあるテーマのひとつなんだ、というところから地に足をつけてスタートしないと、ただの自己満足になってしまいます。大事なのは正確な情報と、自分の考え方、活動をしっかり伝えて、共感してもらうことです。そして、自分の目で現場を見てくること。聞いた話をそのまま伝えても、説得力は生まれません。

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自分の価値観を構築するために

さて、野口さんは東日本大震災の被災地(※野口さんは“復興地”と呼ぶ)にたびたび足を運び、復興支援を行っています。震災以降、社会の雰囲気は大きく変わり、野口さんが語る「生きる」というテーマが、より重要になってきている気がします。
野口健写真

野口:そうですね。講演をしていても、震災以降は「生きる」というテーマにリアリティを感じる人が増えているように感じます。
 以前は、まさに「生き死に」の場である冒険から日常に戻ってくると、死生観のギャップを感じましたが、自分がヒマラヤで感じてきたものが、日本でもダイレクトに伝わるようになってきているんです。だから、戦没者の遺骨収集活動や、ヒマラヤで登山者に協力する仕事に従事し、命を落としてしまったネパールの山岳民族・シェルパの遺族を守る活動についても、伝わりやすくなった印象があります。
 もちろん、自分の生活とは離れた問題にかかわってもらうためには、よりリアリティを感じてもらうために、ヒマラヤの遭難者の様子など、ショッキングな映像や写真を見てもらうこともあります。環境問題も、人権問題も、どれも大事なテーマなので、決して上から目線にならず、みんなで一緒に考えられるように、と意識しています。

なぜそこまで、さまざまな問題に力を尽くすことができるのでしょうか?

野口:現場に行くと、いやがおうにもその問題を「背負って」しまうんです。知ってしまえば、もう他人事ではいられない。これは、子どもたちを見ているとよくわかります。
 たとえば、今は小学生でもインターネットを使いますから、「環境問題って何だと思う?」という質問を投げかければ、「京都議定書が~」と、それらしく答えられる子が多い。けれど、数字は頭に入っていても、経験的に知ったことではないから、自分の言葉で話していないんです。それが、富士山や屋久島での課外活動を経験させてあげると、それが自分の言葉になり、環境に対する意識がまったく変わる。現場の力は、すごいんです。
やはり、自分の目で見ないと、自分の価値観を持つことはできない。これも、僕が冒険を通じて学んだ大きなことのひとつです。

常にワクワクする人生を!

自分の価値観をしっかり持ちたい、と考える人は多いでしょうし、またお子さんがいる方には、野口さんのように強い意志を持ち、バイタリティのある人に育ってほしい、という人も多いと思います。

野口:そうですね。まずは地域の中での体験が、何より重要だと思います。お子さんなら、たとえば今は数が少なくなっているボーイスカウトをさせてみる。ボーイスカウトは老人ホームでのボランティアなど、必ず地域活動を行います。
 最初は面倒だと思っていても、一日活動すれば、すがすがしい気分を味わって、顔つきが変わっていく。子どものころにこうした経験をしておくと、社会のさまざまなことに興味を持つようになります。
 今の時代の子どもたちを考えると、経済格差や学歴格差よりも、この「体験格差」が大きい。僕は幼いころから、父親に「多くの人が目を向けない社会の“B面”=裏側にこそ、真実がある」と聞かされ、各地のスラム街や紛争地域に連れて行ってもらいました。きれいな部分ばかり見ていると、本物の人生にはならないのでしょうね。

最後に、あらためて野口さんが講演会で伝えたいことと、今後の夢について聞かせてください。

野口:これまでの経験から、目標を持って生きることのすばらしさ、目標を達成するための方法論、いじめの克服方法などを、自分なりにお話します。そして、講演会では僕が持つ問題意識を伝えて、みなさんに一緒に考えてもらうことも大事にしています。
 ただ、「生き死に」というテーマを重たく話してもダメですから、脱線することもありますし、笑える話も多いですよ(笑)。
 今の夢は、いつまでもワクワクして過ごすことです。ヒマラヤも50回以上も行くと、最初の感動がなくなっていきます。そこで最近、カメラを持って、新しい発見を探しているんです。一度きりの人生、死んだら終わってしまうのだから、生きているうちはワクワクして過ごしましょう! そのための心の持ち方を、講演で少しでも伝えられたらいいですね。

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