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ヨーコゼッターランド
(よーこぜったーらんど)

アメリカで生まれ6歳から日本で育つ。
91年、単身渡米し、米ナショナルチームのトライアウトに合格。オリンピック代表の座を勝ち取った。リリーフとして登場し、逆転勝利を収めるのが、バルセロナ、アトランタ五輪での全米チームの勝ちパターン。それは「逆境における強さ」を彼女が有していたからできたこと。好きな言葉は「不可能を可能に」。

バルセロナ・アトランタ五輪女子バレーボールUSA代表(銅メダリスト)/スポーツキャスター

主な講演テーマ

「不可能を可能に」
「エンジョイスポーツ」
「スポーツは国境を越えて」
「スポーツと教育」
「アスリートのメディアトレーニング」

 

【伝えられるメッセージ】

<全ての方へ>
・目標、夢を持ち、諦めずにチャレンジすることの大切さ
・スポーツを通じた国際交流
・仲間、ルール、相手を尊重することの大切さ

 

<ビジネスマンの方へ>
・チーム(組織)における、人の動かし方、モチベーションのあげ方
・リーダーシップ
・コミュニケーションスキル

 

<親・指導者の方へ>
・スポーツと勉強のバランス
・スポーツを通じた親子関係
・親、指導者によるサポートの重要性
・特待生問題
・アスリートのセカンドキャリア

肩書き

ミズノアドバイザリースタッフ
上月スポーツ・教育財団  評議員
日本バレーボール協会理事、日本バスケットボールリーグ理事
国立スポーツ科学センター/運営委員会委員
日本体育・学校健康センター/競技強化等支援事業助成基準策定委員会委員
文部科学省中央教育審議会 青少年教育特別委員会委員
文部科学省中央教育審議会 スポーツ振興投票室特別委員会委員
文部科学省 国が管理運営を行うスポーツ施設のあり方に関する有識者会議委員
文部科学省 政策評価に関する有識者会議委員
日本体育協会 国民体育大会委員会委員
ヤマハ発動機スポーツ振興財団 スポーツチャレンジ助成審査委員
WOWOW放送番組審議会委員
筑波大学大学院 非常勤講師
日本大学法学部 非常勤講師

 

【これまでの活動実績】
高校野球特待生問題有識者会議委員
TBSラジオ番組審議会委員
東京消防庁 救急業務懇話会委員

主な経歴

1969年3月24日、アメリカ(サンフランシスコ)生まれ。
6歳から日本で育ち、中学、高校時代は全国大会や世界ジュニア選手権で活躍。
早稲田大学では、チームを関東大学リーグ6部から2部優勝にまで導いた。
その後、単身渡米し、アメリカナショナルチームのトライアウトに合格。アメリカ代表として、92年バルセロナ五輪で銅メダル獲得、96年アトランタ五輪で7位入賞。
1997年、ダイエーオレンジアタッカーズ(現久光製薬スプリングス)とプロ契約、1999年6月の引退まで、数々のタイトルを獲得した。
現在はスポーツキャスターとして、各種メディアへ出演するほか、後進の指導、バレー教室、講演、エッセー執筆などで幅広く活動。また、日本バスケットボールリーグの理事や、高校野球特待生問題有識者会議委員などバレーボール以外の分野でも活躍する。

 

【主な競技歴】
1991年 アメリカナショナルチームのトライアウト合格
1992年 バルセロナ五輪 銅メダル獲得
1995年 ワールドグランプリ  優勝
1996年 アトランタ五輪 7位入賞  東芝シーガルズ入団。実業団リーグ優勝、Vリーグ昇格。
1997年 ダイエーオレンジアタッカーズとプロ契約。Vリーグ優勝、ベスト6受賞
1998年 黒鷲旗全日本選手権大会優勝、ベスト6受賞
1999年 黒鷲旗全日本選手権大会優勝、ベスト6受賞

講演内容

スポーツキャスター・ヨーコゼッターランド氏は、バルセロナ、アトランタ両オリンピックにおいて、女子バレーボール米国代表選手として活躍。バルセロナ大会では銅メダルに輝いております。

6歳のときに日本に移住。「堀江陽子」の日本名で、中学時代より本格的にバレーボールを開始。中学卒業後、母親がヘッドコーチを務める中村高校に入学、全東京メンバーとして国体優勝を、中村高校メンバーとしては春高バレー・インターハイで3位入賞を果たし、全日本ジュニアメンバーとして、アジアジュニア選手権では優勝を経験しております。

高校卒業後、1987年早稲田大学人間科学部スポーツ科学科へ入学し、女子バレー部で活躍。関東大学リーグ6部最下位であったチームを2部優勝まで導きます。

しかし、卒業後の実業団入りが難しい状況になったため、1991年から1996年までアメリカナショナルチームに所属し、2度のオリンピック出場とメダル獲得を果たすのです。

その後帰国し、1996年から1997年まで東芝シーガルズで、1997年から1999年までダイエー・オレンジアタッカーズで活躍。休部予定であったダイエーを3年ぶり2度目の優勝に導き、ベスト6を獲得。

1998年日本バレーボール界初のプロチームとなった オレンジアタッカーズでプレーし、1999年の皇后杯黒鷲旗(全日本選手権大会)で2連覇を果たしベスト6を受賞後に、現役を引退します。

ヨーコ氏の講演は、人生、育児、オリンピック、スポーツなどの内容に及びます。また、フォーラム、セミナー、トークショーでの開催もOK。

ヨーコ氏は、真のいいチーム、強いチームというものは「メンバーが同じ価値観を共有し、共通の目標に向かって努力するチーム」であると。

大学進学の際、関東大学リーグの6部最下位に低迷していた早稲田大学を選択したのは「弱いチームで、他の選手とともに、教え、教えられながら、強くなる生き方を目指した」という理由があったからです。

強いチームに入って、一方通行のように、人から教えてもらうよりも、教え合い励ましあうことで、もっと得るものがあると思ったとしています。ヨーコ氏は、その言葉どおり一段と成長し、チームも日々強くなり、卒業時には6部最下位から2部リーグ1位にまで昇格するのです。

ヨーコ氏は、「常に目標を一番高い所に置くことが大切。そうしなければ一番にはなれない。仮に、一番になれなくても、その過程での努力はどこかで生かされ、別の一番になれることもある」と、講演、フォーラム、セミナー、トークショーを訪れた人に何事においても、高い志を持つことが大事であることを示してくれます。

主なメディア出演

【TV】(※レギュラー出演)
「ザ・ワイド」(日本テレビ)
「Jリーグナイト」(スカイパーフェクTV)
「やじうまワイド」(テレビ朝日)

 

【ラジオ】(※メインパーソナリティ)
「スポーツボンバー」(TBSラジオ)
「2cool」(東海ラジオ)

 

【執筆】
東京新聞、神戸新聞、デイリースポーツ、東京スポーツでスポーツコラムを担当
日経ヴェリタス「マネーコラム」

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