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鈴木ひとみ
(すずきひとみ)

1982年度ミス・インターナショナル準日本代表に選出され、ファッションモデルとして活躍も、1984年に交通事故で頚髄を損傷し車いすの生活となる。1986年の結婚は、後に『車椅子の花嫁』としてドラマ化され大きな反響を呼んだ。
2004年、アテネパラリンピックに射撃日本代表として出場。
現在は、執筆・講演活動の他、洋服メーカーのモデルとアドバイザー、企業のバリアフリーコンサルタントとしても活躍中。

人権啓発講師

主な講演テーマ

「命を学ぶ ~限りある命を充実させて生き抜きたい~」

命は大事である、と誰でも言うが「なぜ命が大事なのか」を説明できますか
私自身が「小学生の頃に受けたいじめ」「交通事故で車いす生活になった」時に死にたいと思いながらも、
今、生きている事実。
この事実に至った経緯、生きる喜びを感じている今。
生(なま)のエピソードをお聞きいただき、一緒に「命」を考えましょう。

 

また世の中には違った人がいて当たり前、そのひとつ車いす、聴覚障害の
日常生活、家の中、仕事やスポーツの場面をパワーポイントで紹介しながら
不便を乗り越える方法、毎日を充実する工夫をお見せします。
それぞれの人が「命」を考える機会になれば嬉しいです。

 

「みんな 一人の価値ある人間です ~生まれ・障がい・性別で変わるものではないはず~」

人の価値とは何でしょうか
差別はいけない、なんて皆、理屈では分かっています。ところがそれは無くなってはいません。
障がいは何も体だけはありません。
性別・生まれ・老齢あらゆる障がいが世の中にあります。
カナヅチな人、音痴な人は、泳げない事や唄が下手な事に対して劣等感を抱く事はあっても、人間全体の価値まで劣っているとは考えないのが普通です。

 

ところが、一旦、障がい者となると、本人も周囲もその人間性すべてを否定的に考えてしまいがちです。
横並び意識の強い日本社会の中で、等しいはずの人間の価値が、一部の身体的能力や生まれ育った環境によって
なぜ歪められてしまうのか、その本質をひもときます。

 

「車椅子からの出発(たびだち) ~ファッションモデルよりも車いすの今が幸せに思う理由~」

1981年のミス・インターナショナル準日本代表に選ばれ、ファッションモデルとして順風満帆の日々を送っていた私から、一瞬の交通事故はすべてを奪っていきました。
体の自由を失い、想像もしなかった奈落の底に突然突き落とされた私が、
二年間の入院生活を経てどのように立ち直っていったのか、ありのままを語ります。

 

「合理的配慮の提供義務について ~ユニバーサルデザインとバリアフリーの違いはご存じですか~」

平成28年4月施行される障害者差別解消法は、障害のある人もない人も、お互いの人格を尊重し、共に社会を作ることを目指したものです。
その中の「合理的配慮の提供義務」は、あらゆる機関・事業者・団体が対象となります。
「合理的配慮ってなに」を、具体的な例を出し、一緒に考えましょう。
これは障害者が権利を主張するものではなく、積極的に社会参加するためのものです。

 

雇用の場面では、働きやすい環境の下に、障害者自身がより社会貢献したい、という前向きなものです。
では、学校、行政機関では、どんな場面が想定されますか。
同時にUD、バリアフリーの違いは何かをお伝えしたい。
2020年東京オリンピック・パラリンピックへ向けて、ハード・ソフト両面の配慮が、2020年以降の遺産になることを願います。

 

「パラリンピックが私にくれたもの ~残された能力を受け入れ、引き出していく限りなき挑戦で得たもの~」

障がい者となった当時、私が一番辛かったのは体の自由が利かなくなったことではありません。
それは、誰の役にもたたない、社会の荷物になってしまったのではないか、という言いようのない疎外感でした。
車いすに乗った当初は貧血で気を失っていた私が、車いす陸上の世界大会で金メダルを取り、射撃でアテネパラリンピックに出場することが出来ました。
さまざまな葛藤を経て、やがて自分の人生を素直に受け入れ、今は悩みながらも成長することの喜びを味わっています。

 

「障がい者はこう生きるべきだ」という基準などありません。
それは自分自身で決めること、そのためには障がいを受け入れ、自分の残された能力に期待をすることだと思います。

 

※講演テーマについてはお気軽にお問合せください!

肩書き

人権啓発講師
エッセイスト
バリアフリーコンサルタント
2011年よりNHK障害福祉賞、審査員

ココがオススメ!

バリアフリーコンサルタント・鈴木ひとみ氏。
ミス・インターナショナル準日本代表に選出され、ファッションモデルとして活躍するほどの美貌を誇り、将来に大きな希望を抱いて日々を過ごしていました。

 

しかし1984年に事故で頚椎を損傷し、以降車椅子生活を余儀なくされ、自殺を考えるほど絶望の淵に立たされてしまいます。
周囲に支えられ自分を取り戻し、入院中の1985年には身障者の国体に出場するほどに回復します。

 

1986年に結婚。
ご主人の強い励ましで練習を重ね、2004年のアテネパラリンピックには射撃日本代表として出場を果たすまでになります。

 

「命を学ぶ」「みんな一人の価値ある人間です」「車椅子からの出発(たびだち)」などのテーマを話してくれます。

 

鈴木氏は、日常生活をはじめとする様々な場面での不便を乗り越える方法、毎日を充実して過ごす工夫を紹介。
カナヅチな人、音痴な人は劣等感を持つことはあっても、人間性まで否定的に考えることはありません。
障がい者は自分も周囲も、人間としての価値を見失いがちになることがあるため「世の中には、違った人がいて当たり前」という認識を共有することが大事であるとしています。

主な経歴

1962年 大阪府生まれ

1981年 神戸にて行われた『ミス・インターナショナル日本大会』において、82年度ミス・インターナショナル準日本代表に選出される。
12月、モロッコで行われた『ミス・ネーショーン世界大会』に出場し、ミス・エレガンスに選出される。

1983年 上京後、ファッションモデルとして活躍する。
☆キャンペーンガール:シチズン、沖電気他 ☆TV・CM:カネボウ 他
☆ショー:桂由美コレクション、オンワードコレクション
☆雑誌:VIVI他
☆TV番組:TBS『世界まるごとHOWマッチ』のアシスタントとして、事故に遭う昭和59年8月まで出演

1984年 仕事の帰路、交通事故で頚髄を損傷し車いすの生活となる。

1985年 入院中、鳥取での身障者の国体に出場し、2種目(スラローム・60m)大会新記録で優勝。

1986年 赤坂霊南坂教会にて結婚。1987年イギリスで行われた『国際ストークマンデビル競技大会(車椅子競技の世界大会)』で金メダルを獲得。

2004年 アテネパラリンピック、射撃日本代表

 

現在は、執筆・講演活動の他、洋服メーカーのモデルとアドバイザー、企業のバリアフリーコンサルタント。
また、NTV「スーパーテレビ」で『車椅子の花嫁の15年』として放送される他、「徹子の部屋」、 「クイズ$ミリオネア」「ザ・ベストハウス1・2・3」等、「クイズ$ミリオネア」「ザ・ベストハウス1・2・3」等、テレビ番組に多数出演。

主なメディア出演

ドラマ化
昭和62年(1987年)8月21日  『車椅子の花嫁』(原作・一年遅れのウエディングベル)
出演:国生さゆり、京本正樹(視聴者の大反響を呼び2度の再放送)

 

平成12年4月    福岡アジアコレクションファッションショー(15年ぶりモデル出演)
昭和61年6月30日 NTV『Time21』車椅子の花嫁
昭和62年 車椅子の花嫁2

 

平成元年1月23日 TV『『Time21』 お猿が運んだ愛人生
平成12年7月31日 NTV『スーパーテレビ』 車椅子の花嫁の15年
平成12年12月     NTV『ニュースプラス1』平成14年、16年『ニュースプラス1』(続き)
平成13年 TV朝日『徹子の部屋』
平成14年2月TV朝日『ほんパラ関口堂書店』
平成14年9月5日 フジTV『アンビリーバボ』

 

平成15年4月4日 TV朝日『神様がくれた結婚スペッシャル』
平成16年9月9日 NHK総合『生活ホットモーニング』
平成16年10月6日 NTV『一億人の大質問 笑ってこらえて』のスペシャル
平成17年11月 クイズミリオネア出演
平成21年8月 THE BEST HOUSE 1・2・3出演
平成22年2月 テレビ東京系 『生きるを伝える ●誰かのために』

主な著書

『一年遅れのウエディングベル』
『気分は愛のスピードランナー』
『命をくれたキス』
※台湾で中国語版、韓国語版も発売

講演料金目安

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