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嘉門達夫(かもん たつお)

肩書き   : シンガーソングライター
講演テーマ : 人生、文化、芸能
出身・ゆかり : 大阪府
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講演内容

 シンガーソングライター・嘉門達夫氏の魅力といえば、フォークソングを思わせる親しみやすいメロディラインと、鋭い観察眼から繰り出される歌詞の面白さに尽きるといえます。 中学生時代に、ラジオの深夜放送にネタを投稿し笑いに目覚め、高校時代に落語家・笑福亭鶴光師に弟子入りします。しかし、5年間の弟子生活の後に破門を余儀なくされ、放浪の旅に出ることになり、1981年よりギターでの弾き語り等ライブ活動を展開します。 
 そして、1983年に「ヤンキーの兄ちゃんのうた」でレコードデビューを果たします。その鋭い歌詞センスが注目され、『ゆけ!ゆけ!川口浩!!』(1984年6月)、『アホが見るブタのケツ』(1985年4月)、『小市民』(1988年9月)などのヒットが続きます。 嘉門氏の人気を不動のものにしたのは、1991年にリリースされた「替え唄メドレー」で、嘉門氏の最大のヒット曲となり、82万枚のセールスを記録します。 替え歌メドレーはシリーズとなり、様々なバージョンをリリース。ヒット曲『アホが見るブタのケツ』『鼻から牛乳』などもシリーズ化し、時代の観察者、言葉の魔術師として、その実力は高く評価されています。 講演では、絶妙なトークで笑いに溢れ、テレビでは聞けない苦労話も聴かせてくれます。もちろん、フォーラム、セミナー、トークショーでの開催もOK。 2007年には、肺がん告知を受けた友人について書いた私小説『た・か・く・ら』を出版しており、「オモロイ葬式にしてくれ」という友人との約束を果たした辛いエピソードも、嘉門氏ならではトークセンスで、講演、フォーラム、セミナー、トークショーを訪れた人たちを笑いに包み元気にしてくれます。

講演タイトル 「思春期〜今、夢を持ち続けて」

幼稚園の頃は内向性な子どもで母は心配してエレクトーン教室に通わせた。
しかし、一人で黙々と練習することになりやめさせられた…。
小学校の頃、運動が得意ということでもなく、
勉強が特に出来るというワケでもなく、自分の居場所はどこかなと思っていた。

そんなある日、クラスのお楽しみ会で友達と漫才を作って披露した。
みんなが笑った、笑顔になった。
近所に公開録画が来ればせっせと出掛けるようになった。

中学で深夜放送とフォークソングに目覚めた。ラジオではがきが読まれるようになった。
ギターを手にして曲を作ったりした。
近所の公民館を借りて、友達とコンサートを開いた。

高校在学中、落語家に弟子入り。しかし、のちに破門!!
放浪の旅に出る。
そこで彼はまた自分の居場所を探し、発見する。

思えば中学の頃に今の嘉門達夫は形成されていた。
夢はどこで見つけたか、どうやって手にしたか、支えてくれた人、言葉はなにだったか。

今、夢は「生涯現役」という。
夢を持ち続ける嘉門の少年時代〜現在を語ります。
 
お子様をもつ親御さんやまさに今、夢を探している少年少女たちに
共感を持って聞いていただけます。

講演タイトル 「“食”と“人”を訪ねて」

仕事柄、全国各地に行くことが多い。

各地の番組に出演したとき、司会のかたに例えば
「松山は何回くらい来られているのですか?」
と聞かれることがある。
嘉門は「100回くらいですねー。」と答える。

ありがたいことにいろいろな方々に出会う。
地元の人にぜひと薦められて食事に行く店も多々ある。
“食”と“人”、それらとの出会いは旅を鮮明に彩ってくれる。

忘れられない味、人。
もう一度と再び訪れる店。
決して高価な店ではなくても、心に深く残っている店が、人がある。
値段より、作り手の志しが高いと必然そうなるものなのだと思う。

かと思うと、なぜこの街ではこれが市民権を得ているのか?!
他の街にはないぞ!!というものも多い。

食はまさしく文化であり、人はそれを育てる。

各地を実際歩いて体感したからこそ伝えられるものがたくさんあります。
旅のエピソードとともに各地の“街”、“食”と“人”をお伝えします

 

 

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