大島康徳(おおしまやすのり)

・プロ野球解説者

【主な講演テーマ】

「無名から始まった野球人生」
「第1回WBC優勝秘話」

【登録テーマ】
【出身地】 大分県

講師プロフィール

○生年月日:1950年10月16日
○出身地:大分県

1968年ドラフト3位で中日ドラゴンズに入団。
中日ドラゴンズ(1969-1988)から日本ハムファイターズ(1988-1994)に移籍し、
当時史上最年長の39歳11ヶ月で通算2000本安打達成。
豪快にすくい上げるバッティングで本塁打を量産するスラッガーとして、中日・日本ハム両球団の主軸として活躍。
日本ハム退団後は同球団監督(2000-2002)、また第1回WBCでは日本代表打撃コーチとして世界一に貢献。
現在は名球会会員、プロ野球解説者として講演活動なども精力的に行う。

プロ通算成績(在籍26年) 2638試合・2204安打・382本塁打・1234打点・打率.272

講演テーマ

『無名から始まった野球人生』

無名の高卒ルーキーから始まり44歳まで現役、49歳から3年間監督。
決して器用ではない時分が図太く生きてきたその経験や、野球を通じて学んだ人生訓をお伝えします。

『第1回WBC優勝秘話』

王監督のもと、第1回WBCチャンピオンを最初から本気で狙って取りに行った、その理由と意義。
初代チャンピオンにならなければいけなかった理由がそこにはありました。
イチローから学んだこと、裏話などに溢れた講演会になっております。

 

▼ココがオススメ!

 中日ドラゴンズ、日本ハムファイターズで活躍したプロ野球解説者・大島康徳氏は、高校入学まで野球経験の無い異色のプロ野球選手でした。  高校時代は、相撲部から野球部への転向組でありながら、エースで4番として活躍。ドラフト3位指名で中日に入団。8年目の1976年にシーズン代打本塁打7本の日本記録を樹立。翌1977年も三塁手のレギュラーとして打率.333、27本塁打を達成します。1979年、1983年にはそれぞれ36本塁打を放ち本塁打王に輝きます。  1987年オフに日本ハムファイターズへ移籍。1990年8月21日の対オリックス・ブレーブス戦で通算2000本安打を達成。39歳10か月での達成は当時最年長記録となります。  引退後は、NHK野球解説者、日本ハム監督を務め、2006年のワールド・ベースボール・クラシックでは、日本代表の打撃コーチとして活躍。決勝戦でイチロー選手の打順を帰ることを王貞治監督に進言・奏功し、優勝に大いに貢献します。  そんな大島氏の講演は、人生、夢の実現、スポーツ、監督・コーチ、野球などの内容に及び、「無名から始まった野球人生」「第1回WBC優勝秘話」などのテーマを話してくれます。また、フォーラム、セミナー、トークショーでの開催もOK。  無名選手でありながら、当時史上最年長で通算2000本安打を達成し、44歳まで現役生活を貫いた秘訣や、ワールド・ベースボール・クラシックにおける様々なエピソードなど、まさに魅力満載の内容。講演、フォーラム、セミナー、トークショーを訪れた人は、野球の奥深さを再認識し、逞しく生きつづけ成功を収めた人生の素晴らしさを知るのです。

 

球歴

■経歴
1969年~1987年
 中日ドラゴンズ 
1988年~1994年
  日本ハムファイターズ
1994年
 現役引退
1995年~1999年
  NHK野球解説者
2000年~2002年
 日本ハムファイターズ監督
2006年
  第1回WBC 日本代表打撃コーチ
2003年~現在 NHK野球解説者

■獲得タイトル
本塁打王:1回(83)
月間MVP:1回(84)
最多安打:1回(79)

■日本記録
1イニング8塁打:2回(72、77)
1イニング2ホームラン:2回(72、77)
代打ホームラン1シーズン:7本(76)

■セ・リーグ記録
1イニング5打点:2回(73、77)

■その他
リーグ優勝:2回(74、82)
オールスター出場:4回(77、79、83、84)

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