嘉門達夫(かもんたつお)

・シンガーソングライター

【主な講演テーマ】

「思春期〜今、夢を持ち続けて」
「 “食”と“人”を訪ねて」
「友を見送る思い」
「人との出会い」
「ラジオが運んでいるもの」

【登録テーマ】
【出身地】 大阪府

講師プロフィール

1959年大阪府生まれ。
小学生のお楽しみ会での漫才で初めて笑いをとる。
中学生ではフォークソングを父に、ラジオの深夜放送を母に育つ。ラジオ番組にハガキを出すと、3枚に1枚は読まれるというほどの“ハガキ職人”だった。
高校在学中に笑福亭鶴光師匠に入門、内弟子となる。朝は師匠の子供が幼稚園に持参する弁当をつくり、昼は師匠のお宅の掃除、洗濯、夜は師匠の奥様がやっていたスナックでバイトした。ペットの猿の世話もした。そんな弟子生活。

21歳  5年の弟子生活の後に破門。放浪の旅へ…

1981  ギターでの弾き語り等ライブ活動を展開。桑田氏のソロライブの前座をさせてもらったことがきっかけで、サザンオールスターズ桑田佳祐氏より「嘉門達夫」の名を命名される。

1983 「ヤンキーの兄ちゃんのうた」でレコードデビュー。

1992 NHK紅白歌合戦出場。あるある!と思わずうなずいてしまうその内容から、『時代の観察者』『言葉の魔術師』などの異名をとる。

現在デビュー25周年、人生50周年となるが、ライブに、テレビに、ラジオに、執筆、ブログに、人間観察にと“生涯現役”と語りながら疾走中!!

 

講演内容

 シンガーソングライター・嘉門達夫氏の魅力といえば、フォークソングを思わせる親しみやすいメロディラインと、鋭い観察眼から繰り出される歌詞の面白さに尽きるといえます。

 中学生時代に、ラジオの深夜放送にネタを投稿し笑いに目覚め、高校時代に落語家・笑福亭鶴光師に弟子入りします。しかし、5年間の弟子生活の後に破門を余儀なくされ、放浪の旅に出ることになり、1981年よりギターでの弾き語り等ライブ活動を展開します。

 そして、1983年に「ヤンキーの兄ちゃんのうた」でレコードデビューを果たします。その鋭い歌詞センスが注目され、『ゆけ!ゆけ!川口浩!!』(1984年6月)、『アホが見るブタのケツ』(1985年4月)、『小市民』(1988年9月)などのヒットが続きます。

 嘉門氏の人気を不動のものにしたのは、1991年にリリースされた「替え唄メドレー」で、嘉門氏の最大のヒット曲となり、82万枚のセールスを記録します。

 替え歌メドレーはシリーズとなり、様々なバージョンをリリース。ヒット曲『アホが見るブタのケツ』『鼻から牛乳』などもシリーズ化し、時代の観察者、言葉の魔術師として、その実力は高く評価されています。

 講演では、絶妙なトークで笑いに溢れ、テレビでは聞けない苦労話も聴かせてくれます。もちろん、フォーラム、セミナー、トークショーでの開催もOK。

 2007年には、肺がん告知を受けた友人について書いた私小説『た・か・く・ら』を出版しており、「オモロイ葬式にしてくれ」という友人との約束を果たした辛いエピソードも、嘉門氏ならではトークセンスで、講演、フォーラム、セミナー、トークショーを訪れた人たちを笑いに包み元気にしてくれます。

 

講演テーマ

思春期〜今、夢を持ち続けて

幼稚園の頃は内向性な子どもで母は心配してエレクトーン教室に通わせた。
しかし、一人で黙々と練習することになりやめさせられた…。
小学校の頃、運動が得意ということでもなく、
勉強が特に出来るというワケでもなく、自分の居場所はどこかなと思っていた。

そんなある日、クラスのお楽しみ会で友達と漫才を作って披露した。
みんなが笑った、笑顔になった。
近所に公開録画が来ればせっせと出掛けるようになった。

中学で深夜放送とフォークソングに目覚めた。ラジオではがきが読まれるようになった。
ギターを手にして曲を作ったりした。
近所の公民館を借りて、友達とコンサートを開いた。

高校在学中、落語家に弟子入り。しかし、のちに破門!!
放浪の旅に出る。
そこで彼はまた自分の居場所を探し、発見する。


思えば中学の頃に今の嘉門達夫は形成されていた。
夢はどこで見つけたか、どうやって手にしたか、支えてくれた人、言葉はなにだったか。

今、夢は「生涯現役」という。
夢を持ち続ける嘉門の少年時代〜現在を語ります。
 
お子様をもつ親御さんやまさに今、夢を探している少年少女たちに
共感を持って聞いていただけます。

 

“食”と“人”を訪ねて

仕事柄、全国各地に行くことが多い。

各地の番組に出演したとき、司会のかたに例えば
「松山は何回くらい来られているのですか?」
と聞かれることがある。
嘉門は「100回くらいですねー。」と答える。

ありがたいことにいろいろな方々に出会う。
地元の人にぜひと薦められて食事に行く店も多々ある。
“食”と“人”、それらとの出会いは旅を鮮明に彩ってくれる。

忘れられない味、人。
もう一度と再び訪れる店。
決して高価な店ではなくても、心に深く残っている店が、人がある。
値段より、作り手の志しが高いと必然そうなるものなのだと思う。

かと思うと、なぜこの街ではこれが市民権を得ているのか?!
他の街にはないぞ!!というものも多い。

食はまさしく文化であり、人はそれを育てる。


各地を実際歩いて体感したからこそ伝えられるものがたくさんあります。
旅のエピソードとともに各地の“街”、“食”と“人”をお伝えします。

 

友を見送る思い

幼稚園からの幼馴染みが2006年、肺がんで逝った。

47才。

余命3ヶ月という時にその友は嘉門に電話でそのことを告げた。
嘉門が返した言葉は「何して遊ぶ?!」…いつも二人はそうだったから。

そして、友は嘉門に頼みがあると言った。

「オレの葬式、オモロクしてな。」


同級生に連絡をして、何をしようかあれこれと考えた。
旅行、同窓会、憧れのマドンナ探し。
友は6ヶ月、笑いながら生きた。
奇蹟が起こるかもしれないとさえ思った。
でも別れはやって来た。
オモロイ葬式という約束を泣き笑いの中で果たした。

嘉門は数年前に実父も食道癌で見送っていた。
その時、父は自分の病いを知らされなかった。
嘉門は父の姿をビデオにおさめた。
途絶えがちだった兄弟との会話も必然と増えた。
笑いの絶えない病室で父は逝った。

友を父を見送るときに何が出来たか、何をしたか。
家族、そして友を嘉門の体験をもとに語ります。

 

人との出会い

友達、家族、仕事の仲間、支えてくれる人達…
嘉門の周りにはたくさんの人がいる。
それはけっして特殊なことではなく、
いつも誰かがいたということを彼が鮮明に覚えているから語れるのだと思う。

小学校のときに一緒に漫才をした友、
中学校でDJごっこをやった友、
座右の銘となっている言葉を教えてくれた先生、
高校の卒業式ではひと悶着を起こしたがそれを支持してくれた後輩や見知らぬ人、
高校生で飛び込んだ落語の世界の師匠、
嘉門達夫という名の名付け親である桑田佳祐氏、
レコードを自主制作でつくろうと思い立った時にカンパしてくれた人等…

たくさんの人と出会って来た。

替え唄を作る時に生まれたエピソードさえも人との出会いである。
嘉門達夫は人が好きで、人がどうするかを見るのもまた好きなのである。
結婚も背中を推した仲間がいたという。


嘉門達夫のそんな話を聞くと、
出会いから生まれた思い出や人とのつながりは記憶力で残すのではなく、
感動や笑いや感謝があってそのシーンが記憶に残るものだと思う。

現代は人とのコミュニケーションが希薄だと言われがちだか、
なかなかどうして、人との出会いはオモロイものである。

嘉門流の出会いの輪の広げかたを聞いてみてください。

 

ラジオが運んでいるもの

嘉門達夫は中学生の頃、深夜放送を父にフォークソングを母に育った。

ラジオでしゃべる人になりたいと思い、
当時パーソナリティとして絶大な人気の象徴、
ブランドとも言える「落語家」になることを目指す。

そして、高校在学中に内弟子となり、21才まで弟子生活をした。
憧れだったラジオのレギュラーも得た。

しかし、そんなさなかに 破 門 !!

再びラジオでしゃべる人として帰還するまで、いろいろな人に助けられた。
本来ならあり得ないと思われる復活である。
ここに来たかったんや!と実感したとき、
嘉門達夫には「ヤンキーの兄ちゃんのうた」が出来ていた。
ラジオの深夜放送の形態で深夜テレビのパーソナリティを名古屋で長きに渡ってつとめた。
そんな放送を聞いたり、見たりして育った人たちがいまやお父さん、お母さんだったりする。

ラジオが嘉門達夫にもたらしたもの、
ラジオが、メディアが与えた影響とは?!
様々なおもしろおかしい実話とエピソードとともに語ります。

 

万博とともに生きている

小学校のときだった。

EXPO’70、万国博覧会が住んでいるところから自転車で行けるという絶好の場所にやって来た!!
何もなかった所にどんどんいろいろな形の建物が出来ていく。

未来がやって来る!!
ワクワクした。
ドキドキした。
開催期間中、21回通った。
友達とバッヂ集めに熱くなった。
初めて見るもの、聞くもの、食べるもの。
少年期は確実に万博に影響された!!

今も万博的なものが大好きである。
というか、嘉門達夫は「万博になりたい!」とさえ言う。
「愛・地球博」にも8回足を運び、テレビの企画で旧友とバッヂ集めリベンジ対決もした。
小学生の頃と変わらない気持ちで楽しんだ。
万博は夢を見ることを教えてくれた。 
そんな大イベント「万博」が現在に至る自分自身の中でどんな影響があったのか、
その体験がどれほど人生を楽しくさせているかを語ります。

現在は上海万博を楽しみにしている嘉門です

 

婚活?!合わせて94才の新婚

嘉門は2008年11月に結婚しました。

お相手は当時43才の眼科医、初婚の女性。
よく「診察してもらったことがキッカケですか?」と聞かれるが、そうではない。
仲間と食事をすることが多い中で、ある日出会ったのだった。
女医さんは出会いがなかなかないと言われるらしいが、
彼女は忙しい勤務の中も友達と食事をすることが好きだったようで、
嘉門もワインに詳しい彼女に「いろいろ知ってる人やなぁ」と感心していたらしい。

友達同志で旅行に行くことも多く、
いつの間にかいつもその輪の中に二人がいた。
が、なかなか交際に発展しそうにないと思ったのか、
嘉門の旧知の友である笑福亭笑瓶さん、北野誠さん、桂雀々さん、スターダストレビューの根本要さんらが背中を押した。
(後の2009年2月に行なわれる披露宴の発起人となって下さった皆さん!!)


いままで結婚願望はない、結婚しない、嫁はいらない
(高校生から5年間、落語家の内弟子をしていた嘉門は
家事でもなんでも一人で出来たのでそう言われていた)
と思われていた嘉門達夫が結婚に至る迄、結婚して思うことなど、
いろいろなエピソードを交えながらお話します。

 

その他

引き出しの多い「嘉門達夫」ですので、内容についてはご相談出来ます。

いずれの講演も、ギターでの弾き語りを織りまぜながらということも可能です。
替え唄が出来るまでなどのトークも好評です。

 

活動実績

受賞歴

1983
デビュー曲「ヤンキーの兄ちゃんのうた」YTV全日本有線放送大賞新人賞受賞。
TBS日本有線大賞新人賞受賞。
1985
放送演芸大賞ホープ賞受賞。

 

TV

僕らは怪しいサラリーマン(毎日放送)
森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ)
探偵!ナイトスクープ(朝日放送)
SUPER WEEKEND LIVE 土曜深夜族(TBS)
ラジオDEごめん(中京テレビ)
噂の!東京マガジン(TBS)
燃えてトライアル(NHK教育)
ラジごめII金曜日の王様(中京テレビ)
嘉門達夫のお達者ワンダーランド(よみうりテレビ)
嘉門達夫のナリキン投稿天国(インターネットテレビ・GyaO)
嘉門達夫・ファミリーギャングの裏ナリテン!(インターネットテレビ・GyaO)
嘉門達夫の生ネタ道場(インターネットテレビ・ひかり荘)

 

CM

「カルビーポテトチップス・辛みそソース味」
「進研ゼミ中学講座」
「JOYSOUND」
「日清ラーメン・こってりんこ」
サークルK
「岩下の新生姜」
他多数

 

DISCOGRAPHY

ALBUM

1985.06.12 お調子者で行こう
1986.02.21 日常
1988.01.21 エエトコドリ-ベストアルバム
1988.11.21 小市民宣言
1989.03.21 小市民大全集(ミニアルバム)
1989.11.21 バルセロナ
1989.12.01 嘉門達夫全曲集
1990.07.21 リゾート計画
1991.03.21 宴
1991.06.21 嘉門達夫金色大全集
1991.11.01 THE BEST OF KAMON TATSUO
1992.01.01 天賦の才能
1993.09.09 怒涛の達人
1993.09.22 NIPPONの楽しみ
1994.04.06 THE BEST OF KAMON TATSUO 2
1995.01.01 娯楽の殿堂
1996.01.01 伝家の宝刀
1996.09.28 The Very Best Of KAEUTA MEDLEY
1997.04.09 Oh! My God
1997.10.01 壺
1998.04.01 笑う女
1998.11.06 ジャングル ウッキー!!
1999.05.21 お前はまちがっとる!
2000.01.21 かもたつ
2000.11.01 図星でしょ☆
2001.04.21 劇的な日常
2001.10.24 SINGLE BEST COLECTION +1 1997-2001
2002.03.21 絶対キレイになってやる!
2002.09.21 症候群
2003.04.23 人類はいつの日もバカ!
2004.11.21 TATSUO KAMON SINGLE BEST COLLECTION+3 2002~2004
2005.01.25 嘉門達夫ゴールデン☆ベスト~オール・シングルス&爆笑セレクション1983-1989
2005.04.21 残念なお知らせ~世の独身女性に捧ぐ~
2005.10.21 元気が出るCD!!
2006.04.21 笑撃王
2006.10.25 アホダラ王国物語
2007.4.25  言葉のチカラ!
2007.10.24 「これさえあればゴハン何杯でも食べられる」と言って2杯で限界になっているアナタへ
2008.5.21  帰ってイモ食うて屁こいて寝よ!
2008.11.19 TATSUO KAMON 25th anniversary SELF COVER BEST!
2009.6.3   BOX「嘉門達夫豪華盤 ~Columbia years~」
2009.9.16  ゴールデン☆ベスト ~BEST OF 替え唄&ヒットソングス 1989-1996 ~
2010.3.24  “笑い”のさくら咲く~ギャグセレクション~
2010.4.21  恋”のさくら咲く~恋愛セレクション~

 

DVD

嘉門達夫 DVD BEST! 達人伝説
嘉門達夫 爆裂スーパーライブ!!

 

著書

『た・か・く・ら』
 その鋭い人間観察眼と、言葉の魔術師の異名を持ち、巧みで洗練されたフレーズを操る替え歌の達人である著者が書き下した、亡き友に捧げた友情物語といえる私小説です。
 幼馴染の高倉義和氏から、がんにより余命三ヵ月であることを告げられた著者は、物事を面白いかそうでないかで判断するその友人が死を迎えるまで「オモロくせんとイカン」として、葬式の最後に死んだ本人がビデオで挨拶することを思いつきます。
 著者らしい笑いのセンスが随所に光り、決して湿っぽくなることなく、それでいて思わず泣かせてしまう内容には、誰もが迎える死という別れの、ひとつの理想的な姿を表した一冊といえましょう。

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