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■講師略歴
1968年、熊本県植木町出身。
駆け足が遅く、いじめられっ子でおとなしい性格だったが、小学校5年生のとき町内のマラソン大会で優勝。そのときの両親の笑顔がうれしくて、マラソンに目覚め、「いちばんを目指す人生」が始まる。
熊本県立鹿本高等学校卒業。陸上部に所属し、他を寄せ付けない強さでインターハイ九州地区大会を制覇する。1987年、ニコニコドー入社。同年、岡田監督が発足させたニコニコドー女子陸上部に所属し、国体優勝などの実績を積む。
1987年、全日本実業団対抗女子駅伝に初出場し、当時女子マラソンの第一人者だった増田明美(日本電気)を含む12人をごぼう抜きにした4区10キロで、非公認ながら日本最高記録32分17秒をマーク。一躍全国の注目を集めた。
1988年6月、ソウルオリンピック予選10000m9位の成績で日本新記録32分19秒57を記録。1990年9月、北京アジア大会10000m銅メダルに輝く。1992年、バルセロナオリンピックの代表選考レースを兼ねた大阪国際女子マラソンで日本歴代2位2時間27分02秒の記録で2位(日本最高記録かつ初マラソン世界最高)に入る。その後、まさかのオリンピック代表選考落ちとなるが、不屈の精神で1993年3月の名古屋国際女子マラソンでは優勝者ポーランドのカミラ・グラダスに続き日本人トップの2位と好成績をあげた。1995年、現役を引退。
引退後は、結婚し2002年、長男・輝仁(きらと)が誕生。
翌年、次男・健太郎がダウン症という障がいを持って生まれる。「明るく元気な松野明美」のイメージが崩れてはいけないと健太郎を一生隠そうと決心するが、日々の成長や笑顔が、心を少しずつ変化させる。
健太郎の子育てを通じて、「人生は人との競争じゃない、いちばんじゃなくてもいい」と気づかされる。
現在は、自身のマラソンや子育ての経験をもとに、講演、タレント、ゲストランナーなど幅広く活動をする。
2010年4月熊本市議会議員当選。
<主な競技暦>
1985年 全国都道府県対抗女子駅伝 県代表に選抜。
1986年 インターハイ県予選3000m 10分2秒0
インターハイ南九州予選3000m(失格)
1987年 海邦国体5000m【優勝】16分35秒64
全日本実業団女子駅伝12人抜き【10km区間賞】32分17秒
1988年 兵庫リレーカーニバルソウル五輪標準記録突破1万m
【優勝】32分57秒89
日本選手権1万m【優勝】32分53秒75
ソウルオリンピック1万m予選9位
【日本新記録】32分19秒57
1989年 熊本県選手権1万m【日本新記録】31分54秒00
1990年 アジア大会(北京)1万m【3位】31分56秒93
日本選手権1万m【優勝】32分18秒71
1992年 大阪国際女子マラソン【2位】2時間27分02秒
1993年 名古屋国際女子マラソン【2位】2時間27分53秒
世界選手権(日本代表)マラソン【11位】
<ベスト記録>
5000m:15分45秒(当時 熊本県記録)
10000m:31分54秒(当時 日本記録:日本人初の31分台)
マラソン:2時間27分02秒(当時 日本・アジア最高、初マラソン世界新)
■メディア
<TV>
(フジテレビ)「めちゃ2イケてるッ!」、(TBS)「はなまるマーケット」、(テレビ朝日)「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」、(日本テレビ)「踊る!さんま御殿!!」、(NHK教育)「すくすく子育て」他多数。
■講演会タイトル
「いちばんじゃなくて、いんだね」
「私のマラソン人生」
「スポーツを通した人づくり」
「私がマラソンから学んだもの」
「夢を描いて素敵に生きる」
