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川島中学校1年時からソフトボールを始める。
星野女子高等を経てリーグ1部のユニチカ垂井に所属。
世界選手権にも出場した。
現役引退後、ジュニア日本代表コーチを経て日立高崎の監督に就任。
当時3部だったチームを1部で優勝するまでのチームに育て上げた。
1997年に日本代表監督に就任し、2000年シドニー五輪銀メダル、2004年アテネ五輪銅メダルを獲得、2004年9月、日本代表監督退を退任した。
その功績が讃えられ、日本人初、指導者としてのISF(国際ソフトボール連盟)の殿堂入りを果たした。
現在は、2020年オリンピックへのソフトボール競技の復活活動や、親子キャッチボールキャラバンの実施等、競技の普及に尽力している。
■指導歴
1986年 日立(現ルネサス)高崎監督就任
当時3部だったチ-ムに対し、1部チームとの違いは選手の取り組む姿勢と意識によるものだと認識、練習によって自信をつけさせるとともに、整理整頓、礼儀、挨拶といった「生活のル-ル」をつくり。4年で1部に昇格させた。
1996年 アトランタ五輪コーチ
ソフトボール競技として初参加したアトランタ五輪では4位入賞も「なぜ勝てなかったのか?」を追求し続け、コーチの目から「足りなかったものは何か?」を模索。
2000年 シドニー五輪監督
アトランタ五輪後に全日本の監督に就任、シドニー五輪を目指した。目標を明確にしたチーム作りが最も必要だと感じ、“金メダルを取ろう”を合言葉に、とにかく厳しい練習で世界のレベルまで引き上げた。監督の方針すなわち作りたいチーム像を選手一人一人に理解してもらい、個性派選手15人の心を一つにすることができた。
2004年 アテネ五輪監督
アテネ五輪でも引き続き代表監督として銅メダル獲得に貢献。
2008年 北京五輪 解説者
北京五輪の解説者として、多くの国民に感動を与えるとともに選手の心の支えとなった。宇津木麗華さんとの信頼関係、大エース上野由岐子選手との“絆”ソフト界における「宇津木イズム」は継承され続けている。
指導者・宇津木妙子、今後の夢は・・・
愛するソフトボールの魅力を全世界に。
そして、何事にも真剣に、真正面から向き合うことの大切さを伝えていきたい。
■講演会タイトル
「夢の実現~努力は裏切らない~」
「夢と人生~何事にも真正面から向き合うこころ~」
▼伝えられるメッセージ
すべての方に
★努力は裏切らない
本番で成功するためには、「これでもか!」というほど練習に練習を重ねることでようやく自信になる。監督名物“速射砲ノック”=選手との対話
★団体競技による“人”と“人”とのつながり、思いやり
★これからの“夢”
指導者・親・企業管理職の方々へ
★より良いチーム(組織)を作るために
選手(子ども、部下)に対して、何事にも真剣に真正面から向き合う(話す)ことが大切。中途半端な気持ちで話すことでは間違いなく相手には伝わらない。指導者としての責任の取り方。
★ひとりはチームのために
具体的な目標設定。何でも率先してやる。誰が何と言おうとやり通す強い気持ちを持つこと。
