【講演テーマ】
ラジオが運んでいるもの
嘉門達夫は中学生の頃、深夜放送を父にフォークソングを母に育った。
ラジオでしゃべる人になりたいと思い、
当時パーソナリティとして絶大な人気の象徴、
ブランドとも言える「落語家」になることを目指す。
そして、高校在学中に内弟子となり、21才まで弟子生活をした。
憧れだったラジオのレギュラーも得た。
しかし、そんなさなかに 破 門 !!
再びラジオでしゃべる人として帰還するまで、いろいろな人に助けられた。
本来ならあり得ないと思われる復活である。
ここに来たかったんや!と実感したとき、
嘉門達夫には「ヤンキーの兄ちゃんのうた」が出来ていた。
ラジオの深夜放送の形態で深夜テレビのパーソナリティを名古屋で長きに渡ってつとめた。
そんな放送を聞いたり、見たりして育った人たちがいまやお父さん、お母さんだったりする。
ラジオが嘉門達夫にもたらしたもの、
ラジオが、メディアが与えた影響とは?!
様々なおもしろおかしい実話とエピソードとともに語ります。